夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

池田晶子

言語、文字、そして美術の役割。そこから魂について考える。

言語とはその語を(翻訳も含め)操る人々の生をブーストする道具である。音声の届く範囲は限られていたが、録音技術により大きく拡大し、時間を超えることになった。文字は言語と相対することにより、録音技術のない時代から、思想や思考をこちらも時間を超…

神秘主義。

図書館でルドルフ・オットー著”西と東の神秘主義 ーエックハルトとシャンカラ”を借りた。 西と東の神秘主義―エックハルトとシャンカラ 作者:ルードルフ オットー メディア: 単行本 Rudolf Otto (1869-1937) オットーは1933年8月に「ヨーガと東西の瞑想」をテ…

時の余白。

主な楽しみは最近は読書欄である。 文化欄での美術関連、映画情報、すべてではないが連載小説も読む。あ、人生相談は楽しみだ。 幼少時、実家では朝日を購読、子供心にどうにも説教臭い、と思っていた。 新聞とはそういうものだ、という認識を得、読みたい記…

上手に失った過去。

そして、どうやら上手に失った過去とは、上手に得る未来らしい。 小林秀雄の言葉 P.147 出典”秋” 17-201 時、というものを考える。 時はない。 永遠の今だけだ! などと言い言いしてきたが、果たして真実は奈辺にあるのか。 将らず、迎えず、応じて而して蔵…

言葉と時。

言葉が人間の発明(ことさら発明しようとしたわけではなく、発生した、というべきでしょうが)であり、 もう一つの人間の発明(「2大”発明したと思われてないが大きな”発明」、といってもいいかもしれません)は 時 となるのでしょうが、 これを言葉で表す…

仏教の”空”は、相対的次元の話ではない。

仏教の”空”は、相対的次元の話ではない。 と、大拙は説く。 それは主観・客観、生・死、神・世界、有・無、イエス・ノー、肯定・否定など、あらゆる形の関係を超越した絶対空である。 仏教の空性の中には時間も、空間も、生成も、ものの実体性もすべてない。…

自分はたいしたことがないと思わねばならないと思うバイアス.

引き続き鈴木大拙”神秘主義”を読んでいる。 池田晶子さんは自らの著作群を評して、”どこをどう切っても金太郎飴のように同じことを述べている”とおっしゃっていたと記憶する。 これは全く卑下ではない。 高らかで誇らかなる宣言である。 ”いつも真実が私の口…

光から由来する光。

鈴木大拙「神秘主義」を引き続き拾い読みしている。 東西の叡智、仏陀とエックハルトを比較する、というよりは、 二人が同じ結論に至っているということがわかる。 特にエックハルトはキリスト教の中で異端として扱われるリスクを 賭しての説教であったのだ…

所有からの逃走。

エーリッヒ・フロムの”自由からの逃走”。 得るべきもの、望ましいもの、と感じられ、”他人”もそう思うだろうと”思われる”、 「自由」。 それが与えられ、いわゆる”これが自由”と思われる事々に面したとたん、 ”自由という状態”が要求してくる”義務のようなも…

引き続きエックハルト&池田さん。

エックハルトは、神と神性を区別した。 神性の内にあるすべてのものは一つである。そして、このことについては何も言うべきことはない。神は用(はたら)きたもう。しかし、神性は用かぬ。 鈴木大拙 神秘主義 p.34 エックハルトからの引用部 エックハルトに…

コロナとオウム。

夏目漱石、草枕 を キンドルの無料インストールで入手して、読み始めた。 まずは漱石、いままでほとんど読んだことはない。 もっと他に読む本がある。 ずっとそう思ってきた。 国語の授業で筆者名と作品名を覚えなければいけない時点で、 それが”おしつけら…

禅と大拙。

禅と日本文化 を読みだした。 禅と日本文化 (岩波新書) 作者:鈴木 大拙 発売日: 1940/09/01 メディア: 新書 そもそも本書は翻訳書である。 アメリカに渡り、何年もアメリカで暮らした大拙が、 アメリカ人の禅との(たぶん)初邂逅のための手引きとして 英文…

目撃者。

いささか長い引用になるが、ご容赦あれ。 段落は原典と変えさせていただいています。そのほうが僕が読みやすいので。 「目撃者」に落ち着く ケン・ウィルバー 存在することのシンプルな感覚 P.37より引用 自己収縮を感じる。「目撃者」は自己収縮を感じてい…

いま。

いま、とは何か。 わたしたちが過去だと思っているものは、頭に保管された、かつての「いま」の記憶の断片にすぎません。わたしたちは過去を思い出すとき、記憶の断片をよみがえらせています。それをおこなうのは「いま」です。未来というのは思考がつくりだ…

父母未生以前。

禅語に父母未生以前、というものがある。 不思議な言葉であるが、わかりやすく気づきを誘う言葉でもあるだろう。 ふつうは思わない。 自分は父母から生まれた。祖先があり、繋がって生まれてくるのが生命だ。 これはいかなる生命、あるいは存在でもあること…

宗教的精神と、宗教を信じる精神。

宗教的精神と、宗教を信じる精神とは、まったく別のものである。 宗教的精神は、その社会の文化から心理的に自由である。 いかにして神と出会うか クリシュナムルティ P.25 人は生まれて、いわゆる”物心がつ”くと、その人が”たまたま”うまれついた環境に気づ…

夢とはなにか。

夢おち、ということばがある。 あまりいい語感ではない。 だいたいは、まとまりきらない、とっちらかった、大風呂敷の話を 強引に落とすときに無理やり全部夢でした、 としてまとめる手法のことで、 オハナシとしては下の下、という印象がある。 ”夢でしか落…

肉体、とはなにか。

肉体。 言葉を慣れ親しんで使っているなかで、 ふと言葉、あるいは漢字に含められた、成り立ちに関わる 先人の想い、というようなものを感じることがある。 例えば ”自分”。 これは池田さんもどこかでおっしゃっていたように思うが(どこだったかな)、 ”だ…

「私を見よ」

出エジプト記33章20節 また言われた。『あなたはわたしの顔をみることはできない。人はわたしを見て、なお生きていることはできないからである』」 この癖、”新年にはなんとなく改まった感じがする”を楽しんでおります。 会社勤めは実は時間通りに動くので…

善い、とはなにか。

善い。良い。悪い。 良い、ということばを口にすると、 心の奥底で不安が兆す。 あ、この状態がなくなると、この私・気持ち・意識はいやだと思うだろう。 なくなることへの不安。 これは嫌な形をとった、”甘美なる意識の餌”。 意識はそのゆらめきを食べて存…

纏めると。

よく聴くがいい。 まず、思考について話そう。 思考とは、過去の知識の寄せ集めに他ならない。 思考は、決して現在である(今ここ)を知らない。 思考は(今ここ)を知ることができない。未来と過去について考えることはできる。 未来について考えていたこと…

意識とは何か。

意識とはどう定義すべきであるか。 ユングのいう集団的無意識、というものは、感覚的には超意識的というか、 精神の普段ある領域でのアップデートされる共通的なもの、という印象もあるし、 あるいはいわゆる太古からの動物的記憶、DNAへの記憶(記録)とい…

執着とはなにか。

執着の反対語はなんであろうか。 ドクサの強い語である。 語に接するだけでも、なんらかの”執着”を自我に感じるほどの パワーのある語である。 今のわたしの気分では、たぶん”手放す”だ。 反対語、というものは、語が別々である、という意味だ。 非二元的に…

怒りと妬み。

池田晶子さんの文章がなぜにこれほど好きなのかというと、 例えばこの文章、 誰もが同じようにいい目に会って然る「べきだ」。でもそれは無理だ。才能と努力は、皆違うのだもの。最初にそれを認めない限り、やがて人は、才能や努力それ自体をも妬むようにな…

考える狂気。

しかし、この、世の中には自分にはわからないことがある、ということをわかるだけでも、実は十分なのだ。自分にはわからないことがあるということさえわかっていない人は、決して進歩しない。それ以上考えることがないからである。 P.105 睥睨するヘーゲル …

わたしと”私”。

経験をした、記憶としての私は、そのときのままとしては無い。 今、思い出す私の中にある。 また、今の結果としての将来の私はあるが、 それもまた今思っているものだ。 これは当たり前であるが、そのことはそうだ、と思っていないと、ぼやける。 過去の自分…

睥睨するヘーゲル。

を読んでいる。 池田晶子著、94年に雑誌”正論”へ記載された文章を嚆矢とする。 本は読む時期、読む”自分”によって”読め方”が違うという。一読驚異、”ああ、池田さんはあのことをこうおっしゃっていたのか!!” 完全にわかってらっしゃる。そしてそのことを…

存在とは何か。

2001年哲学の旅―コンプリート・ガイドブック 作者: 池田晶子,永沢まこと 出版社/メーカー: 新潮社 発売日: 2001/03/01 メディア: 単行本 購入: 1人 クリック: 5回 この商品を含むブログ (17件) を見る 池田さん流の "言え言え” が久しぶりに読みたくなってこ…

あなたは思考そのものではない。

2001年哲学の旅―コンプリート・ガイドブック作者: 池田晶子,永沢まこと出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2001/03/01メディア: 単行本購入: 1人 クリック: 5回この商品を含むブログ (17件) を見る “それ”は在る作者: ヘルメス・J・シャンブ出版社/メーカー: …

差別と区別。

池田さんの文章で折に触れ、最近よく思い出すものがある。 ”差別はいけないドクサ”に真正面から切り込まれたもの。 曰く”差別はいけないが、上品(じょうぼん)、下品(げぼん)の魂の区別はある。多いに区別すべし”。 区別、いいのか!!! ”天才はすごい”…