2014-10-01から1ヶ月間の記事一覧
物見遊山の2日間を過ごした。東京に来て1か月弱、そのうち海外出張に歓送迎会、名古屋に2回帰り、とバタバタしており、きちんと東京にはいなかった。そんななか、昨日今日と東京に居た。いわば初めての東京の休日となった。慣れるとそんなことはないのであろ…
池田晶子、メタフィジカル・パンチ。P.134 ”学者さん”の項。(前略)「役に立たないことをする人は役に立たない」という、そう思うことで実は半分安心するための方策なのだ。 P.138観察していてしばしば感じるのが、「自分の方が頭がいいと思われたい」ため…
さて、メタフィジカル・パンチのハードカバーを購入したところ、上記掲載の通りオビが付属していた。”ロゴスに聞け”の写真の拡大版であるようだが、なんともうれしかったので画像をアップしておく。”かわいかったから、よくもてたし”の池田さん、面目躍如の…
生命は素晴らしい、生きていることは奇跡的だと礼賛するなら、死ぬことだって、同じく奇跡的なことのはずである。どうして生きていることばかりを奇跡と言って、死ぬことの方を奇跡だといわないのか。 池田晶子 ”人間自身 考えることに終わりなく”P.28名古屋…
は、池田晶子さんが陸田真志氏より手紙を受け取った日である。1998年、今から16年ほど前になる。葛飾区小菅1-35-1A、東京拘置所から送られている。私事ながら先日葛飾へ行った。初めてであったが、刑務所の方が作ったものが販売されていたりした。当時未決囚…
”すべての私の著作は、私の内界から課せられたつとめであるとも考えられるだろう。”ユング自伝 P.30”情欲(パッション)の地獄を経なかったものは、また情欲を克服することもない。”引用同上 P.108いつどこでも誰にとっても「正しい」もの、「正しくないもの…
わたしは、あなたであり、すべてである。 そんな真実を述べられて、池田晶子さんが亡くなったのは、2007年2月23日であった。生まれられたのは、1960年8月21日であった、が、そもそも”生”とは池田さんにとってなんであったのだろうか。決してご自身の生をない…
畏れ多くも池田晶子さんの著作にならって。池田晶子”新・考えるヒント”P.39永劫の時間の中で、魂の何であるかなど、しょせん人間でしかないわれわれにわかるわけがない。だからこそわれわれは、それを知ることにのみ真剣な関心を向けざるを得ないのではない…