夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

2月25日 歯医者に行った。努力した、ということをできない言い訳にしてしまったことなど。

 昨日は歯医者へ行った。

 

前回行ってから2週間ぶりである。

 

どうも磨き方がイマイチなようで、歯石が溜まっている、という結果となった。

 

なんというか、私は性格的に”時間かけて磨けば歯はまあまあ綺麗になるのでは”と思ってしまう感じだが、実際は歯茎のところが磨けてなかった。

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昔言われて心に残っているのは、”努力すれば結果が出る、と思いすぎるな”ということだ。あるいは”努力したんだからそれでいい”ということだったか。

結果を良くする、ということにフォーカスできてない、という教えなのだ。

 

つい、その陥穽にまた落ちていた。

 

原因と目的と手段を、キチンと見据えてやらないとうまくいかない。それを”努力したのだから”という言い訳で逃げてしまうのだ。

 

その結果の歯石付着。

 

 

これは歯石のみならず、私の生活全般にかかわる問題だろうと思う。

 

だが、歯医者にいく目的は自身の歯の出来るだけ長い保持。

 

歯医者の関係者の皆さんは、まあ本質的には私の歯になんら責任も興味もないのだ。

 

もちろん自身の事業のために、悪い評判が起きないように、といった思いはある。

だがあくまで(変な意味ではないが)究極的には自分の歯を守るのは自分の責任であるのだ。

 

そのことを改めて認識せねば、と思った日であった。

 

(自分の歯でできるだけ食べたいですからねーー)

 

 

カダケス国際ミニ版画展より作品返却とカタログ送付ありました。

f:id:mamezouya:20240224100056j:imageスペインカダケス、バルセロナ、フランス、UKと巡回、ありがたくも2点売れた模様✨
f:id:mamezouya:20240224100059j:image今回入選させていただいた作品。
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2月24日 難しい問題。作者は神か、そうではないか。中古の是非。

メーカーにとって、中古というのは基本微妙なものだろう。

 

例えば私が良く購入するのは、中古のSEIKOダイバースだが、中古を買ってもメーカーでは(表面的には)利益を生まないわけである(よくブックオフで買ったものだ)。

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だが、こうした中古市場があるため、新しいダイバースを購入して楽しみ、それを売って次の時計を買う、という層もあるわけだ。

 

これは車市場とも似ていて、新車を購入し、車検の時に乗り換える、という層があると結構最近認識した。そこがセレブ層だとすれば、中古で買いましょう、ということを基本思う私などはいわゆる平民ということになるだろうか。首都圏では車は贅沢品となるだろうが、田舎では買い物も基本車なのである意味必需品なのだ(電車がない)。またコロナでの部品不足である種の車は購入時価格と近い、あるいはより高く売れたりした。いわゆる”スーパーカー”カテゴリーだと、普通買った価格より高いのが普通、ということがあったりするようだ。最近は人気機種以外(日本で不人気ながら一般的には高いとされるGOLD機とか)はすこし厳しいようだが、ロレックスマラソンなどもそういう事象あってこそだ。

 

だが、制作者が個人、あるいは限りなく個人に近い例えばマンガなどは、たまに作者が読者に”ファンです、全巻ブックオフでそろえました”と言われてブチ切れて、”中古で買う奴はファンでもなんでもねえ!!!”となったりする図を見たりする。

 

まあ、そこに対する思いはいろいろあるが、そこは今は言わないことにする。

 

また、作者が自作を改定したことに対し、”作者だからといって勝手に一度世に出したものを変えるのはけしからん”という読者側からの意見もあったりする。

 

古くは手塚治虫全集刊行中(講談社版、手塚存命時に刊行)、過去作がどうしても納得できず、手塚が修正したものが発売されたが、どうしても何十年も経て自作といえども当然同じ絵が描けるはずがなく、正直”あ、ここは修正されてるが、ちょっと違和感あるなあ”などと思っていたことを思い出す。

 

このあたりも難しい問題だろう。

 

なにが正しいかはわからない、というか、人それぞれの立場と入れ込みかた、世間での受け取りなどなどいろいろな要素があるだろうし、意見も変遷するものだろう。

 

まあだが私は、ちょっと申し訳ない気がしながら”安い昭和クォーツ”をヤフオク・メルカリで狙う日々である。

 

(なぜこのデザインが昭和で好かれたのか、と思って買ってつけていると、ジワジワ味が出てきて困ってます(笑)。ブックオフが昔は古書店からなにかと言われてましたが、なんだかんだで当たり前になって、アマゾンでも中古が買えて、といろいろ変化していますね。。)

2月23日 カネとの距離感。まいばすけっとで59円納豆が売り切れだった。次回の納豆争奪戦では是非勝ちたいし、買ったら多めにゲットするぞと思う事など。

ひとりで暮らしていて、なかなかはっきりできなかったのが、”カネ”との距離感である。

ひととのコミュニケーションにはカネがかかる。これを避けようとすると、コミュニケートする機会が減るだろう。だが、生活費でヒイヒイいっているのに、あえてコミュニケートすることが必要なのか。

 

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孤立化とのバーターPOINTである。

 

言語化すると、そのような感じだろうか。

 

この会社に転職する前は、実際に使えるカネがもうすこしあったので、いろいろなところに出かけたり、買ったりするときにあまり躊躇が無かった。だが1年前からはどうやらその余裕がないことに、最近実感とともに気づいてきた(それまでは毎月赤字)。

 

やりくりすれば、それでもなにも買えないわけではない。だが試しに買う、というためには、心の余裕があることが必要なようである。

 

で、なんだか四六時中”カネがない””使いすぎた””セーブせねば”などと脳内で呟いている。そしてそれを消すために、アマプラでドラマを見たりする。

クリエイトな方向に振れないのだ。衣食足りて礼節を知る、という言葉があるが、私的には”衣食足りてクリエイティブたれる”という感じだろうか。

 

まあ、カネが無いので、酒が買えない。カネがあったら酒を買うかもなので、そこはそれでいいのかもしれないが。

 

だが、一人だとそのまま酒を飲んで寝落ちすればよく、ものを食べなくなるのでよかったが(あまり多量に飲まなくてもすぐ寝落ち)、素面だとアマプラを見ながら玄米を食べまくる、という感じもちょっとあり、これは良しあし、といったところだ(昨日の体重測定では、体幹部の鍛えたのちの体脂肪が、前回の3%から3.8%に悪化。これは内臓脂肪の増加とみるべきだろう)。

 

コメは比較的どれだけでも炊ける(もちろん有料だが、対価とボリュームで行けば安い感じがする)し、安いパスタを食べていたが、グルテンフリーに振っているので米に偏ってきている。まあ、それはそれでいい。

 

1年神保町に居て、まあ有名どころのカレー屋と喫茶店にはだいたい行ってみたので、観光年度は終了にしてもいい(カレーフェスでも2杯で我慢した)。

 

相変わらずの時計購入は止まらないが、高価なダイバースから安価な昭和クォーツ(まあ平成初期のもありますが)へと興味が遷ってきているのは助かる。まあ、月に5000円をためて、中古のGSクォーツを購入しようとはしているが、カネをためて買えるようになればそれはそれでいいのだ。

 

昨日まいばすけっとに行ったが、時間が少し遅く、納豆59円が売り切れ。仕方なく10ポイント付くという79円のメーカ品を買ったところ、これはポイントを使ったらの金額とのことで、ポイントを使えるクーポンが不具合で表示されず。実際は89円という30円も高い価格となってしまった。まあ、ここは勉強料と思って、まいばすけっとにはできるだけ早い時間に行くべき、という学びが出来たわけであるが(納豆争奪戦への参入、という感じですね)

 

因みに卵も2種類あり、230円くらいと280円くらいのがあるが、安い方は売り切れ(´;ω;`)。卵を切らしていたし、タンパク質摂取には卵はいまマスト(鶏肉を買っていない)なので、こちらも仕方なく280円のものを購入。疲れていたので、別の店に行く元気はなかった。こちらからも、まいばすけっとには早く行く、ということを2重に学ばせてもらった。

 

まあ、納豆(2パック買った)と卵で税抜きで110円、税込みで120円位?の損であった。今後の学び代としよう。

 

(けさ卵を食べたら、230円のものより気持ち大き目でした。ただ高いだけではないのか、と少しだけ気持ちが回復しました(笑)。あと場合によっては100円ローソンで見つけた6個入り100円(たぶん)を今後購入したいと思っていますが、家からすこし遠い(電車移動あり)からなあ。。卵は割れやすいし)

 

 

2月22日  ウェルシュ菌だったのか!?パーマネント味噌汁の弱点。ズボラで怠惰な私の一人暮らしの盲点。

今日の体重64.2kg。体脂肪ははじめ15.4%、2回目13%?、ぶら下がりをやったら11%。

うーん、なんとなく上がっているような? ちなみに昨日帰宅時は8.9%。活動によって当然いろいろ変わってくる。

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昨日はトレーニングセンターに行った。毎週月曜に行くルールだが、東京は雪(これ書いているのは8日)だったので、無理せず帰宅し、水曜に行ったわけだ(月、木で行きたいが、今日は歯医者)。

 

最近は免疫に自信がなく、また認知症予防にも炭水化物を摂るようにしている。するとなんとなく体に脂肪が付いてきているようにも感じる。これが行き過ぎるといけないのだが、まあ体重が増えても体脂肪や筋肉が落ちなければいい、と思ってはいるが、まずはすこし体重(というか体脂肪)を増やしていこうかと思っている。

 

まあ、私はとにかく下っ腹がたるむのがいやなので、最近購入したぶら下がり健康器(梱包箱にそう書いてあった)でぶら下がって腹筋を鍛えたいと思っている。

 

昨日までに書いた記事で、小笠原洋子さんの「永遠のひと鍋料理」、というコンセプトが、私がずぼらのあまり編み出した「パーマネント味噌汁」と同じだ、などと喜んでいたのだが、そのことからカレーやシチューなど鍋料理で発生する恐怖の「ウェルシュ菌」の存在にたどり着いたことは大きい。

 

免疫低下、と思っていたが、年末の食中毒は、あるいはウェルシュ菌の所為かもしれない、という気がしてきたのだ。

 

食品知識、衛生知識の皆無な私は、とにかく煮詰めれば菌は死ぬだろう、と思っていたのだが、このウェルシュ菌、空気が嫌いでなべ底が大好き、そしてそこで

  • 100℃、6時間の加熱にも耐える"芽胞"を形成する。

 

 というではないか!!!!

 

ウーン、6時間も煮沸できないぞ!

 

"芽胞"が一度できると、通常の加熱では死滅しないという!!

 

実はパーマネント味噌汁は、夏は冷蔵庫に入れていたが、12月は冬なので、室内に放置していた。具はキャベツや白菜が多いが、鶏肉も入れている。そしてズボラな私は”煮沸信奉”、とにかく煮沸しとけ、ということでやっていた。

 

それがだめだったとは!!!

 

ワンルームで冬は暖房をする。すると菌が好きな温度になるかもしれない。

ズボラなので、かき混ぜなどはもちろんしない。煮れば菌死滅、と勝手に信じていたのだ。

 

12月の食あたりは、カキの揚げ物、あるいはその前日に食べた中華料理のせいかとおもっていたが、なんとなくわがパーマネント味噌汁のせいのような気がしてきた。

 

潜伏期間は6-18時間、症状は水様性の下痢、腹痛とのこと。私の場合は急な吐き気であったが、下痢もしていたかなあ。。

 

ということで、これからはとにかくかき混ぜ、放置時は粗熱をとって冷蔵庫にということを徹底したいと、思っている。

 

(免疫力アップと、菌が付かないように野菜は良く洗う、鶏肉を使ったら、かき混ぜ、冷蔵庫、ですね)

 

 

 

 

2月21日 人は快楽に慣れる。世界でこの瞬間誰も考えていないことを考えたい。

私は最近とみに思うのだが、熱しやすく、冷めやすい。飽きっぽい、ともいえるだろうか。

 

自身の興味が周期的に変化することを感じる。快楽に慣れる、あまり快楽を感じない、ということだろうか。

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例えば絵に集中していれば、時計は買わない。時計を買いまくるときは、絵がおろそかになる。

 

両方、というときもあるのだろうが、熱量の絶対値が決まっているのだろう、片方に集中しているときには及ばない。

 

皆さんはいかがだろうか。

 

 

最近好きな荒川洋治さんの本を読んでいて、”長談義の心得”というものが列記されており、2人で人が他でしゃべっているようなことではなく、今この瞬間、日本で誰も話していないような(もちろん推定でしょうが)ことを話すべし、という項目があり、自身に振り返って深く納得するところがあった。

 

私は(荒川さん同様)友達が少なく、というかほとんどいない感じである。友達とは、2人で、何時間も、気兼ねせず語り合えるようなものを指すようなので、これはなかなかハードルが高い。

 

なので、友達とそこまで話すことはほぼ無い。さみしい話ではあるが。

 

だが、今までの人生で、「ああ、今この世界で、こんなニッチなことを考えているのは私一人だろう」と思うことがあり、それはつまり気分がいいことだったのだ。

 

まあ、”あのマンガのあのシーンの横顔はかっこよかった”位のミクロなことなので、他にそんなことを考えている人がいるわけがない。だが自身が自身のために好きなことを考えているのだ、といううれしさもそこにあるわけだ。

 

荒川さんは、14時間も、時計もみずに話続けた、という。友達と。

 

共通の好きなことがあり、それがマイナーであれば余計に、その時間は愛しいものだろう。

 

そのエッセイの中で推定荒川さんは48歳、友人は20歳年下というので、28歳位だったとうか。年齢差を超えて、好きなものの話は出来るのだ。

 

ありがたいことに、最近会社以外で入った版画工房で、今まではこんな話だれともしたことがない、という話が出来ることがある。これは本当に楽しい瞬間だ。

 

マイナーな銅版画、それを好きでやっている人と出会うことは、日常生活ではほぼないのだ。

 

私より若い人が多いが、年上の人もけっこういる。

 

酒の力を借りると、そうした”疑似心の友との時間”が現出しやすい。その時間の共有が、仕事で役立つのだ。私のような能力のない人間の場合(実力勝負は全く無理)。

 

だが、酒の力を借りないとそういう時間が共有できないのは、仕方がないが残念でもある。酒がなくとも14時間(相手の方は飲んだようですが)。

 

うらやましい時間である。

 

(”長談義”という、すこし古式ゆかしげなネーミングも、いいですね。談義、ということば、久しぶりに聞きました)

 

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今日のご購入本2冊。うーむ自分でも持っていたい本ばかりだなぁ☜今更

 

https://passage.allreviews.jp/store/GA6VR2WOVVRRSYHDGRPHWP4M