夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

2019-12-01から1ヶ月間の記事一覧

宗教とはなにか。

”私”の”こころ”を探ってみると、 そこに”宗教アレルギー”がある。 より正確に言うなら、”宗教を理由とする組織に入ることにより、布教や献金を強制される、あるいは”自発的”にするようになること、および自分や家族がその時間をこれまた強制的にそうしたもの…

ディストピア、ユートピア。

私とは何か さて死んだのは誰なのか 作者:池田 晶子 出版社/メーカー: 講談社 発売日: 2009/04/02 メディア: 単行本 次官が事実上更迭された。 日々このブログに良いと悪いはない、時間も空間もない、 と世迷い事を書き散らしている身で、この世のしんどいこ…

善い、とはなにか。

善い。良い。悪い。 良い、ということばを口にすると、 心の奥底で不安が兆す。 あ、この状態がなくなると、この私・気持ち・意識はいやだと思うだろう。 なくなることへの不安。 これは嫌な形をとった、”甘美なる意識の餌”。 意識はそのゆらめきを食べて存…

欲望と恐れ。

質問者: 何が事実なのでしょうか? マハラジ: 純粋な気づきのなかで、欲望と恐れから影響を受けずに知覚されたことが事実なのだ。 アイ・アム・ザット 私は在る ニサルガダッタ・マハラジ P.120 エゴ、或いは意識、”私”ではない私、いろいろな言い方はある…

起きることは全て正しい。

そういう言葉がある。 さまざまに受け取れよう。 運命論的諦念。しかたない、あきらめよう、という受け取りが第一に来るかもしれない。 だがすこし残念だ。人として、人生を過ごしているこの瞬間を、外的要因で決められるものとしてあきらめている部分がある…

第3の目。

手塚治虫に”三つ目が通る”というマンガがある。 額の真ん中に裂けるように開く目もある。 写楽(だったかな)のは丸かったが。 目に見える外的な全てに注意を払い、 同時に内面にも注意を払うのだ。 P.252 ”それ”は在る 通常、人は自分の身体を境に、内側と…