夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

1月1日 哲学とは考える力のこと。

2024年である。だがこれを書いているのは12月21日((笑))。f:id:mamezouya:20240101002605j:image

 

ということでお屠蘇気分には程遠いのだが、気持ちを切り替えて書いてみる。

 

昨日は忘年会。四川中華でなかなか美味。5000円で150分、飲み放題は2時間。

 

店は満席であった。

 

辛いので、つい酒を飲んでしまう。最近はあまり家で飲まないので、まあ人生総アルコール摂取量(肝臓耐性的に)はまあいいかなあ・・・

 

で、体重は朝食後であったが、65.6kg、体脂肪はなんと13.8%。これは萎えた。だがまあいつもは朝食前に測るので、水分摂取は一応だいぶしたあとであるが。。。

 

冒頭の語。そのままではないが、私が池田晶子さんの著書で教えていただいたことだ。

 

勿論絵画にしても、論考や哲学にしても、先行の考えをステップボードにしてその先を考える、あるいは創作する、ということが王道だろう。何もないところから有無ことはなかなか難しい。

 

だが、ステップボード、つまりはその先に自らの創造や考察があることを前提に先行の考えに留まり、それを知っていることだけに留まるリスクがあるのだろう。それは今の時代は例えばWIKIPEDIAで済んでしまう。他人の知識を売り物として人に与える(もちろん言語の壁があるので、翻訳者としてかつその分野の先行学習者としての価値は依然残るわけだが、翻訳機能やWEBによりそうした分野で稼げる可能性はほぼなくなったともいえようか。ただ、アーカイブとして現代には注目されていないような文献の翻訳に接することができる紙の本、というもののニーズは、ある程度は残るだろう。

 

内田樹さんのブログで、以下記述あったが、これも上記の池田さんのお言葉につながるものだと思う。

 

『学力』とは『学ぶ力』のことです。『生きる力』と同じです。数値的に計測できるものではないし、他人と比べるものでもない。乾いたスポンジが水を吸うように、触れるすべてのものから知的滋養を吸収できる能力のことです。

 

考える力、あるいは姿勢。学ぶ力、あるいは姿勢。

 

これを自身でも少しでも意識していきたいと思っている。

 

(年初の決意、というやつでしょうか(笑)。実際は年末ですが。。)

 

 

以下、「正月」というキイワードで出てきた過去日記。

自分では読んでいませんが。。。2008年の日記って。。。。

 

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