特に無意識に生活する中や社会(会社)に悪意なき同調圧力が残っている地方に生まれ育った若い女性が、

自然とその土地を離れ東京に集まる、という構図がある。
短い期間で、こうした長年の同調圧力を内在する考えに知らず染まった人々の、いわば”圧を受ける”方向でいることが、いいわけがない。
逆の立場になれば、”同調圧力者”もそう思うだろう。
そして”そう思うがあきらめる”か”そう思うので逃げる”かの選択であることが理解できるだろう。
同調圧力の本質は”自己という個体の生存延長の為に本能が命じる欲求”にここ”日本”という地域性・歴史性という条件のもと対応しているたんなる”方針”なのである。
そこから逃げるすべや、先例が目の前にあり、他人のことならともかく、自身の子孫には”心愉しく生きてほしい”と思っているタイプの親(自分が我慢したのでオマエも我慢せえ、というタイプではない親)であれば、”さみしいがおまえにとってはその方が幸せになるかもね”といって多くは送りだすだろう。
都会で生きるよすがを得て、ダブルインカムで稼げるパートナーを得れば、マンション1億の東京で、いやな言葉だが”勝ち組”になる可能性も親としては見通せるはずだ。
(逆に、”この子はそういう方向ではしんどそうだ”と感じれば、止める方もあるだろう)
まあ、そんな絵を考えれば、地方に若い女性が近いレンジで残る可能性を、全く考えることができない。
なんらかのあせりが出ることで(地方消滅)、同調圧力者の気持ちがじわりと変わる可能性はあるだろうが、個人的直観では、そのときはもうインフラ的にも遅すぎる、となっていそうである。
(せめて地方の中核都市で留まって、というところか。文化面で楽なので、九州地区で福岡なら行っていい、となっている絵は示唆に富んでいるだろう)