美術手帖(紙とWEB)の編集長である橋爪雄介さんの「イオンモールしかない田舎」というツイート(とはもういわないのかな?Xでつぶやくことをなんと表現するのか?)が炎上したということを知った(この日記の日付からするとだいぶ前だが、書いているのは8月22日
氏の発言の詳細は読みこめていないのだが、三重県出身である氏にとってまずはイオン、という存在に対して少し特別な感慨があるのではと思った。
Geminiへの質問の答えより。
私は長らく名古屋に住んでおり(生まれ育ちは神戸だが)、四日市という都市は結構名古屋と縁がある土地だと思っている。
私はいまだに日々のプライベートライフと夢の中では、地元言葉である神戸弁を喋り続けているのだが(大阪人に”オマエの言葉おかしい”といわれてから、正直”大阪人”が嫌いになった)、まあ、大きく”関西イントネーション”でいけば、語尾はともかく四日市のひとの話すことばは”関西弁や”と判断していいと思う。
で、私は名古屋住まいだが近鉄沿線なので、名古屋に通勤する”三重県人”の方々が電車に乗っていると、普段”名古屋弁”の中で過ごしている(慣れて入るが、疎外感はある)と、とても”三重”にシンパシイを感じている。
で、橋爪さんは、三重のひと。イオンが四日市発祥であることは、多分地元では(あるていど誇りをもって)認識されているのでは、と勝手に推測するのだ。
で、今はここ神保町に住んで、新宿で銅板画教室に通い、展示では銀座などの画廊にまあまあ行ったりする。まあ、なんとなく橋爪さんがいう”美術界隈”がなんだか気が付くと身近にある、という感触がある。
では、まあ、三重につながる近鉄沿線の名古屋地区に長年住んでいる神戸出身の私がこの橋爪発言をどうとらえたかというと、
”まあ、わかる。しかし地方の”美”の民はむかつくやろなあ”というものである。
”生活の為に”美術産品”を売っていこうとする業界”を美術界、と仮に定義するなら、これはもう断然、段違いに東京しかないだろう。
少ない経験(私はニッチな銅版画界隈民なので)からして、また例えば”豪華本”が全国100売れるとして東京60,京阪神25,その他の地区15(福岡とか多いかも)が内訳だという感触に近い形で、(たぶん豪華本を買う層と、美術全般に関係する層はだいぶ重なっているはず)「美術界」は存在している、とうのが私の感触だ。
京阪神、はもう少し多いんちゃうか、と思われる方もいようが、個人個人のディープさはあろうとも、絶対数はたぶんこんな感じだろうと思う。
これは、橋爪さんもしかり、地方から東京に制作者が集うことにも大いに関係があるだろう。ほとんどの製作者は筆一本(まあ、筆が彫刻刀だったりも含め)で日々の生活費用を稼ぐことは出来ない。私の経験では、WEB関係の仕事や漫画家のアシスタント、菓子屋でのバイト(パート)などなど別に稼ぎながら制作を続けている皆さんがおおい。
美術の教師は8割が男性だというので、男性は教えることを生業とすることも多いだろうか。だが美術を志す人は8割が女性だという。今まで2か所の版画教室にいったが、まあ8-9割の受講者は女性である。
美術界隈では、“愛好家”と称するオッサンによるストーキング(ギャラリーストーカー)が問題となっているが(購入者が”余裕が出て来た”40-50代のおっさんに多い、という構造のしんどさもあろう)、なんというか、”美術”はなかなか大変だなあ、と思うわけだ。
だが反発の別の方向は、”美”と”美術(ここでいわれる意味の)”は違う、地方でも、”美”は遍在し、それを見つけ、感動し、みずから”美”を創造するよすがとすることもある士(こころざしのあるもの=男女問わず)は当然いる、そのことを馬鹿にすんな!ボケ!!
という怒りの方向であろう。
このツイート(もうこの言い方でええか)の炎上は、“自らの中に大切に”美”をチェリッシュしているわしらをばかにされた”と感じる人が、多かったことと、三重を哀惜しているようで東京での自身の美術界隈人としてその他を実は橋爪さんは見下しているのでは、と読んだ東京以外の”美の民”たちの心の逆なでが大きな原因であろう。
私は、地方では”美術”はしんどいと思う。中堅の大都市である名古屋で、前に通っていた版画教室が9月末でクローズすると聞いた。カルチャーセンターでの開催であったが、テナント料が高く利用者減が顕著だったようだ。
で、名古屋で銅版画をできるところがほとんどなくなる(生涯学習センターでなんとか続けることが出来るようでよかったが)。
東京と大阪へのアクセスが良すぎて、名古屋は展覧会の名古屋飛ばしが普通だが、しかしこの都市の規模感にしてこのありさまである。
橋爪氏のツイートへの(誤解生む表現すぎるが、炎上もあるいは仕事のうち?)残念ながらそうやなあ、という私の納得感は、この辺りにあるのだ。
生業としての”美”の追求は、困難だ。プロダクションとして日本のサブカルを戦略的に村上隆氏のように、やっていく方法以外、今の日本では無理なのだろうか。
(難しい、問題ですね。。美術手帖、高校生の時読んでました)