夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

3月22日 ゴーリーと校正。

 

おっ!

 

名古屋でゴーリー展やっとんな!

これは機会あれば行かねばやな!!

 

とメモメモ。入場料大人1000円。

 

まあ、栄なので、自宅(留守宅)から歩いてゆくのはちょっとキツい。。

名古屋に戻ったとき行けたら行こう。期間もまあまあ長いし。

 

 

私は結構ゴーリーファンで、全部ではないが、絵本はだいぶ持っている。

 

神保町でやっているひと棚本屋(すっかり放置気味)でも、ゴーリー本置いたらすぐに売れた。

 

ペン画だが黒基調のタッチは銅板画とも親和性を感じるところで、通っている銅版画工房でもけっこうゴーリー好きは多いようだ。

 

 

最近はできるだけものを買わない、という方向性でいるが、どうしても本や時計は買ってしまう。

まあ、普通の人は本は買っても時計は買わない気がするが。。

 

昔からどうしてもものを集めてしまう性癖。。。

 

無駄やなあ、と思う面もあるが、貯めこんだものを取り出してしみじみ見ていると楽しい、ということももちろん多い。

 

老後本好きの皆さんは死後どうすんねん!ということを重いテーマとされている気がするが、森博嗣さんなどは、模型関係を膨大にお持ちであるのだが、死後はそれを処分する費用をキチンと残せばいい、とおっしゃっているのを読んで、

 

まあ、自分がどうするかはともかくそう決めてしまえば気が楽だな、と思った。

 

もちろん印税がばんばんはいる森さんとはわが状況は違うのであるが、それでも処分費用を残す、という気持ちだけでもあればいいだろう。

 

森博嗣さんの発想は、いわゆるど文系のずぶずぶべたべたな非論理的傾向しかない私とは全く違うのであるが、違っているがゆえにその視点を聞くと(読むと)、なんというか目から鱗が落ちがちである。

 

ということで、森エッセイは大好きなのだ。

 

年に1冊でているクリームシリーズも面白い。

 

また、毎日1時間のうち10分を執筆にあてる、というスタイルも素晴らしい。

このあたりも、ブラインドタッチのできる森さんとできない私のタイプ数は全く違うのだが、それはおいておいても、休みなく日中10分執筆をつづけることで、間違いなく生まれる文字数は想定できるのだ。

 

森さんは書くのはなんの問題もないが、苦痛なのは校正だとおっしゃる。

村上春樹さんは、とにかく校正命で、納得がいくまで校正を重ねる、とおっしゃる。

 

どちらもまずは書く、止まらずに書く、そこから校正、という重要度の決め方は、同じである気がする。

 

ここで私が書いている文章、一応最後の(太字感想)を書き終わったら、一度だけ通して読むことにしている。

 

一度だけ。そこで見落とせば、間違ったままである。

 

(まあ、日々の雑感ですからーーー)