夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

今日は国立近代美術館のヒルマ・アフ・クリント展に行った。

 

 

 

晩年ヒルマが夢想した自身の作品群を陳列する神殿のラフ。

 

 

今日は国立近代美術館のヒルマ・アフ・クリント展に行った。

スウェーデンの軍人の家に生まれたヒルマ(1862-1944)は17歳の頃、ブラヴァツキー夫人をベースとする神智学に出会った。その後ようやく女性にも開かれた美術大学で基礎を学び、肖像画や挿絵の仕事もしている。

当時の西洋ではキュリー夫人放射線や電気など、目に見えないものが"発見"されており、目に見えない存在を感じる降霊術などの感性は今のようにいわゆる"スピリチュアル"と言う位置付けではなく、もう少しカジュアルなものだったのかな、と最近は感じている。ホームズのコナン・ドイルや哲学者のベルクソンなども心霊に関係していたりする(ドイル一族にはかの著名妖精画家もいますよね).

その後ヒルマは、インド思想に傾いた神智学から距離を取り、自らドイツでキリスト教やドイツ浪漫思想をベースとする人智学を開いたルドルフ・シュタイナー(1861-1925)の思想に傾倒してゆく(ヒルマとは1歳違いで世代は同じですね).

今回私がこの展示会に行こうと思ったのは、私の趣味であるグノーシス主義、ドイツ浪漫思想、神秘主義、新プラトン主義あたりからの興味からである。そこから先日亡くなった高橋巖先生のカルチャーセンターでのweb講義などを聞き、シュタイナーの事も知ったわけだ。

ヒルマの作品の評価が定まっていなかった(ストレートに言うと評価されにくかった)のは、やはりこうした自動書記的な作品の成り立ちと、人智学的なものへの評価の難しさであろう。買わなかったが図録の解説では、"作品を自主的に描いたのか"と言う面で評価が悩ましいのだとある。

なるほど、であれば実際に作品を見て感じて行こう、そう思って見た。

まあ私がたまたま高橋巖先生からシュタイナーを知っていた事もある。そのルートでなければ、やはりシュタイナー神学は私にもとっつきにくかったかも知れない。だが、美を真摯に追求される高橋先生の態度を拝見し、信じて読んでみたわけだ。

初めて行った(毎日散歩で横目で見てますが💦)国立近代美術館は素晴らしい作りで、ヒルマの巨大な"神殿を飾る作品群"がほの暗い部屋に屹立している。まさに今美術館と言う神殿に飾られている訳である。

半休を取って行ったので観客は年配の女性が多く、またインバウンドの皆さんも多数。最近皇居あたりを歩いていると、ここは外国か、と思うことしきりだが、ここ近代美術館でもそうだった。

自らの作品を自らの神殿に配置して行こう、と言うヒルマの考えには共感した。私も拙いながら自らの神殿の装飾画を、日々作っているような気がした。

#国立近代美術館
#ヒルマアフクリント展
#ヒルマ・アフ・クリント展
#ヒルマアフクリント

 

以下撮影したものを張り付けますが、枚数が多く順不同になってしまいました。

ですが、今後自身でも見返して反芻できるように張り付けておきます。

わかりにくくてすみません。。

 

尚、画像の一部は、同時鑑賞したMOMAT展(同館所蔵の作品展示)のものも含みます。

 

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