夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

ギュスターヴ・モローの遺言。

ギュスターヴ・モロー 自作を語る画文集 夢を集める人”
を購入した。

画家は母、ポーリーンを霊感源の一つとしており、元音楽家であったという母は耳が悪くなっていたので自作を説明するメモが残っていたこと、および愛好家から自作解説を求められ、いやいや書いたのが発端だという。

画家は生存中からその作品が文学的すぎる、との評判に苦しんでいたと自ら語っており、そもその当時は過去の衣を借りて現在を描くのが普通であった歴史画のジャンルで、過去の衣で持って、さまざまな概念を結晶化するような方向性で仕事をした画家が、通常とは違うとして把握され、それが文学的、とさえるのは止むを得ないとも感じるところである。

ともあれ、現代日本の我々は、画が拠って立つ当時の常識的知識に欠けるのであり、こうした本人の解説を経て画を見れば、その狙い、自ら描いたときの個々の人物造型への個別の思い、といったものが新たな深みを持って画を理解させる機会となる。

少なくとも、読んでいて、”面白い”、というのが素直な感想である。

そしてこうした画を描き続ける画家の心持を知ることは、作品を見るときにあらたな視点を提供する。画家は基本的に作品が散逸することを望まない。それは若き日の言葉から感じられる。結果として多くの画は画家の手元に残り、自宅をそれらを網羅的に示す場所として設定することは、表現者にとってのある意味理想の一つであろう。

プロであることは、自作を手放すことを意味する。当たり前のことだが、それは画家にとって楽しいことではないのである。高野野十郎を思い出してみても、自作を手放すとき、半ば身を削られるような、半身を持ってゆかれるような苦しみを、思わず見せたことを思い出す。

ともあれ、モローがどのような思いで画作を続けたか、は自分が死病(癌)に侵され、もはや治る見込みなしとの宣言を受けた夜にかかれたとされる遺言状、というよりは辞世の言葉から、深く感じることが出来る。同書から引用する。

”名残惜しいことがあるとすれば・・・

 仕事,絶えまない研究、努力によって私自身の存在を開花させること、芸術において、より良きもの、稀なるもの、目に見えぬものを追い求めること。思いがけない道具の発見。労働者の仕事。日々すこしずつ高め、和らげ、理想的なものにしてゆく。頭脳が望むこと、その夢想、着想。ひとたび最初のアイデアが浮かべば、今度は、それに無数の手を加え、無限に組み合わせる。内面の出来事。この造形という聖なる言語に可能な無限の組み合わせ、その外見上の物質性に隠された、すべてにおいて理想的な言語。
 秋の日の悲しい夜明け、和らいだ夕暮れ、夏の夕方の薄明かりの道。枯葉の舞う森の小道、足音がかすかに響く人気のない小道。ローマ平野の三月の青空、もうけっして見ることはないだろうあの空。
 ルーヴルの作品。いにしえの巨匠たち。すばらしい作品を通して聞こえる彼らの沈黙の会話。失われた時代への精神の旅。絶えた文明を訪れること。今では神話となった時代を想像力で蘇らせること。未知の、未踏の、近寄りがたい国々を駆け回ること。どんな人間の目にも踏みにじられていないあの植物相(フロール)を夢見ること。漠とした夢想。目的なく、終わりなく、動機なく、絶えず新たにされる夢想。本の中に見出される他人の思想を知る喜び。人間という存在を、その心理学的、哲学的、批評的、道徳的、宗教的すべての表れにおいて研究することへの興味。
 音楽、高貴なる音楽。昔私の無上の喜びであったもの。今、それは幾分香りの薄らいだ香水のようだ。
 神聖な教会の外陣。いかにも神秘的な雄弁さを持つ古代の彫刻群。
 祝福された仕事の疲れ、そのあとでもぐりこむベッド!生命つまり私の中の炎、けっして満たされることのない情熱。珍しく、美しいすべてのものに対する情熱。それは本質を変え、私固有の弱さを奪っていくだろう。弱さは、私を苦しめ、そして愛させる。動揺する私の存在。つまるところ私という自己。
 しかし、そういったすべてのことは、思い出されることがなければ無に等しい。愛する存在がなければ、すべては色あせ、曇り、消えてしまうのだから。人が懐かしむのは、夢に過ぎないのだ。人生とはそういうものなのだろう、夢とは。けれども、なんと汲み尽くせぬ興味の奥深さを持ち、力強い緊張感にあふれているのか、人生は!”

死を目の前にしたときに、その創作の本質を、画作の際のこころの流れを、画作というものに抱いていた画家の思いを、感じる。そして、画家のこうした態度に、僕は深く共感する。

ギュスターヴ・モロー―「自作を語る画文集」夢を集める人

ギュスターヴ・モロー―「自作を語る画文集」夢を集める人