夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

良寛、ライダー、カント。

うらを見せおもてを見せて散るもみぢ

     良寛 辞世の句

私がそのことを思えば思うだけ、
私の心を1つの尊敬の念をもって
満たすところのものが二つある。

それは、わが上なる星の輝く大空と
わが内なる道徳法則である

     カント 墓銘

道徳とは

世間の習慣に従うとか
国家の法律に従うとかいうのは
まだ道徳ではない

人間が自分自身の内部に神をもつ
というのがカントの言う道徳。

道徳とは、自分の内部以外のいかなるものにも
絶対的なものを認めない立場、
自分自身の内面から呼んでいるところの
声に従う立場。

高次の自分が現実の自分に命令する

感情的欲望に流されがちの自分に
絶対的に命令してくる実践的理性の声を
自分の中に発見すること。

これがカントのいう「良心」の根本。

    大峯顯 親鸞のダイナミズム P.107

生涯 身を立つるに懶(ものう)く
騰騰 天真に任す
嚢中 三升の米
炉辺 一束の薪
誰か問わん 迷悟の跡
何ぞ知らん 名利の塵
夜雨 草庵の裡
雙脚 等閑に伸ばす

    良寛

最近仮面ライダーについて考えることが多い。

サイボーグ009のコミックス4巻を、値段の割りに太い、ということで、選んだ瞬間を今でも思い出す。

一つ隣の駅の耳鼻科へ、一人でいったときの途中にあった本屋で。
220円だったか、240円だったか。
そのころは丁度コミックス価格が320円とかに上がっていた頃で、内容よりも値段と太さで選んでいたのはやはり子供だったのだろう。
トカゲ系の怪獣が描かれた表紙は怪獣好きな小学2年生の乏しい小遣いを使わせるだけのパワーがあった。
独特の石森の間が、良くわからなくて何度も読んだが、一方でそれがすごくスマートに見えた。
小学館の幼年雑誌に掲載されているマンガ家よりも、一段上のマンガ家なのだなあ、とコドモ心に感じたものだ。

石森章太郎(当時)が、仮面ライダーの原作であることは、そのときは知らなかったように思う。しかし、そのストーリーにあるある種の哀しさとスマートさは、その後の僕の好みをある種方向付けた面もあったかもしれない。

平成仮面ライダーが、来年で10年目であるという。ディケイド、でしたっけ?
思えば、ブレードが人気が無いとか、響鬼のプロデューサー交代の話とか、外野からはいろいろ聞こえてくるが、僕は僕の基準でもって、それぞれのライダーを楽しんできた。自分のテイストを大事にしてきたつもりだ。それぞれの作品、それぞれ見所がある。批判する気は起きない。

のであるが、ではお前はどのライダーが面白かったか。自問自答するにストーリーとしては、アギトはなかなか面白かった。

見所がたくさんあると言った。世界観や正義と成熟の話をするのもいい。ライダーのたたずまい。舞踏にも似た敵との闘い。怪人の造型。

アギトの良さ。変身後の基本FORMのスマートさがいい。弱さを感じない。カブト、に繋がる面はある。翔一のキャラとかぶらない、変身後のスマートさが気持ちよかった。

そして敵。009のミュトスサイボーグをちょっと思い出す、神の僕たち。天使、でもあるのだろうか。

壮大なストーリーと、アギトの無垢な存在感が、ストーリーをピリッと引き締めていた。

仮面ライダーアギト・アートワークス

仮面ライダーアギト・アートワークス

この本を買った。まあ、結局は怪人図鑑なんですけどね。設定資料集というか。

清貧の思想

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親鸞のダイナミズム

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