夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

1月12日 病み上がり新春生活。習慣の中にやるべきことを織り込むには。

今朝の体重62.8kg、体脂肪5%。

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いわばベスト体重ではあるが、この体脂肪は多分昨日の歩きによるものだろう。

15000歩ほど歩いた。元旦から5日まで寝っぱなしであったが、その時に体重は落ち気味であった気がする。普通はやはりなんだかんだでだらだら食べていて太るわけだが、期せずして体重を落とすことになった。

 

だがなんとなく筋肉も落ちた気がする。そういう意味ではリハビリでトレーニングも行っていかねばならない。

 

そして今年はパスタを控えて、玄米と押し麦を中心にしようかと思っている。別にパスタを食べると病気になるわけではないだろうが、一方で健康になる気もしない。まあ、毎日食べるのはやめて、土日位にしていこうかと思っている。これも節約できのこ類を買っていなかったが、1日1品目位はきのこも導入しようかと思っている。

 

あとはぶら下がり健康器の導入を検討している。これは受け取りもあるので、金曜位に注文して、日曜位で受け取るのがいいだろう。

 

実は前の会社では、ささやかなトレーニング施設があり、ぶら下がり健康器があったため、昼休みは懸垂とぶら下がっての腹筋運動を週に5日(出張等なくば)できていたのだ。これが結構地味に背筋や腹筋に効いていたのだ。

 

勝間さんのメルマガを読んでいて実感したのは、ちょっとしためんどくささがあるとてきめんに人は習慣をやめてしまう、ということだ。

 

昼休みに何も考えずに運動できる場に行けば、無意識に近いかたちで運動を継続できる。会社の帰り道にあるジムに行けば、帰宅のルーティンの一つとして運動できる。毎週何曜日になにをするか、というルーティンを決めれば継続できる。

 

今の会社のいいところは、トレーニングセンターが会社から徒歩4分くらいのところにあることだ。なにもなければ毎週月、木で会社帰りにトレーニングすることにしている。時間は2時間位だが、15分ほど器具でのマッサージも入れているので、1時間半ほどの実質トレーニングである。あまりやりすぎると健康に逆に悪い(筋肉にはいいだろうが)ということも聞くので、丁度いいだろうと思っている。たまに月曜が休みなので、週1になってしまうが。

 

今は昼休みに3500歩ほど歩いて皇居東御苑に行くことにしているが、これは四季の変化が美しくて、大変楽しい時間になっている。特に秋から冬にかけては美しい。夏は今年初めて経験したが、ちょっと暑すぎるかもしれない。

 

通勤できちんと歩くことが重要だ。昼休みの歩きを織り込まないと、一日の歩数は4000歩くらいになってしまう。家から会社まで片道1700歩くらいなのだ。

 

昼休みと通勤のルーティンはできたので、あとは版画教室だろう。これも週に最低1回は行こうと思っているのだが、最近少し行けていない。これは理由があって、一度家に帰って、着替えて歩いていく、というパターンを採用したことが理由なのだ。

 

 

暑い、寒いがあると一度家に帰るともう出たくなくなってしまうことがある。片道5000歩ほどなので、45分くらいの歩きだ。これを歩ければ歩数確保にいいのだが、体が疲れていて一度家に帰ると、もう出たくなくなってしまうのだ。

 

これは電車賃の節約、ということもあり、出来れば歩こうと思ってはいるのだが、やはり電車は楽である。結局行かなくなってしまうと本末転倒なので、今月からは電車賃は予算計上して、基本電車、歩ければバイト(節約と健康)という方向にしようかと思っている。このあたりも、ちょっとしためんどくささで習慣が崩れる、という好例(というか残念な例)であろう。

 

基本人間のデフォルトは、出来るだけエネルギーを使わないことだという。これはいわゆる野生動物時代の長らくの記憶がなせることであろう。生き延びる戦略としての、いざというときのためのエネルギー保全である。そういう意味ではぶら下がり健康器を買っても、多分家では懸垂はあまりできないだろう。だがただぶら下がる、或は腹筋をゆるゆるやる、ということは可能な気がする。腰痛を緩和するためにも、ただぶら下がるだけでも結構いいような気がしている。

 

(無意識にできるように日々の動きに織り込むことのむつかしさを勝間さんに言語化していただいたことは、大変助かっています)