夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

一目ぼれと婚活とロマンチスト。

一目惚れの結婚が意外と長続きをするのも、それこそ直感で相手を選んでるからと言われています。どうしても条件や判断で相手を選ぶと、その条件が変わってしまったり、あるいはその時の判断には影響しなかった項目が出てきたりしてしまうと、気持ちがぐらついてしまうからです。
勝間和代

勝間さんのメールで気になった箇所である。

婚活、というと、普段の出会いでは条件の良いものがない、ということで採用するものだろう。

だが、それを一つの出会いとして、条件もさることながら出会いの母数を増やす、という態度と、とことん条件にこだわる、という2つの方向性があると思う。

私があまり好きではない言葉(別に人にその感覚を強要しようと思わないが)に、「結婚と恋愛は別だ」「子供を作る」がある。

いや、お花畑の脳みそだね、と言われるだろうから、人に言ったことはない。実はこの日記でいうのが初めてかもしれない。

恋愛は心から取り組みたいし、そのためには「結婚する気はないが遊びで付き合う」というのはそう思う側も思われる側も、なんだが嫌なのだ。

こう私が思われているとすると「侮られているな」と感じるだろう。

人としてきちんと向き合ってもらえていない、と思うだろう。

 

子供に関しても同じだ。

まさか子供がコウノトリに連れてこられるとは思っていないのだが、気持ちの上ではそのような「天に任せて」「来てもらう」という気持ちが実は、大切ではないか、と思っているのだ。

繰り返します。別に人に強要はしません。

 

子供は「作る」より「生む」ものだと思う。

作る、というと子供の創造者は親である、という想いが、一生続いている感じがする。「お前をつくったのは私だ」。

いや、それでいいのだろうかある程度大きくなれば、人としては対等だ、という気持ちがあるほうがいいのではないか。

そう思っている。

このあたりも思ってはいるが云ったことはない。別に議論してだれかに採用してもらおうと思っては、いないからだ。

私はちょっと、自分自身をロマンチストの気があると、思っているのだ。

(秘密ですが。。)