夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

向田邦子ふたたび。

昭和56年8月22日、台湾旅行中に向田邦子さんは事故死された。

三楽オーシャンに寄稿した「楽しむ酒」が絶筆となったという。

向田さんが亡くなって2年後の昭和58年8月に発行された文芸春秋増刊を底本とした文春文庫ビジュアル版向田邦子ふたたび”を入手した。

なんと呼ぶのか、裏表紙をめくると鉛筆書きで”180”と記載されているので、BOOK OFFで105円で入手したこの本は少なくとも2度人の手を経ていることになる。更に古書店主により、180円、という値付けをされたことになる。

向田さんの幼少時からの写真も含むこの本を手に取ると、向田さん個人の人生が本の中に詰まっている、という感覚を受ける。本人が故人であるから余計にかもしれない。そうした本に値を付ける、という行為は、なんとはなく人に値を付けている感覚がある。文庫であるし、180円が安いとかいっているのではない。人が色濃く感じられるこうした本に値をつけて、売る、と言う行為は、人身売買と少しく似ている、と思うのである。罪は無いが、人を、或いは人の人生を売っている、というような。

そう思うのは、この本がいきなり愛猫のマミオ伯爵のアップで始るからかもしれない。タイの高貴な種であるコレット種のマミオは、表紙で向田さんに抱かれてデレッとした姿を見せている。なんともいえない眼をしている。信頼、というよりは同化、という感じであろうか。

池田晶子さんファンであるところの僕は、なにかあると池田さんと比較してしまう癖がある。向田邦子池田晶子の共通点。多くは無いが、共通の印象を残す部分がある。

まずはご両名とも聡明にして多分近寄りがたい香気を持っていたであろう優等生であったと感じる。文章を書き、自立した印象。犬(コリー)と猫(コラット種)の差異はあるが、小さきもの(ダンディはちょっと違うかもしれないが)との魂の交歓。二人とも優等生の優美さを持って、ピクトリカル?であった。

そして癌。向田さんは50歳のころ乳癌を患い、右手が不自由であったという。