夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

とにかく餓死しないためにはなにをするか。まあたとえばスーツを着る。

f:id:mamezouya:20230205064440j:image自分がとことんこの人間社会ではあまりうまくやっていけそうにないなあ、と思ったのはいつだろうか。

たぶん小学校2年生くらいだろうか。

まあ、泳げないで、逆上がりができなくて、野球がやりたくなくて(いろいろいわれるのが嫌で)、嫌な奴が来たら逃げる、隠れる、という日々を過ごしていたころだろうか。

幸い、というか、なんというか、同学年の中では比較的体格がよかった。3月生まれではあったが、クラスでは後ろから2番目位の身長であった。今はまさに中肉中背だが。

そのことで、直接アタックしてくる奴には、泣きそうになりながらも肉体にて抗戦した。

学年入り乱れる野球はさけた。学校ではまあ、なにをしていたのだろうか。上述のように(相撲好き)力をぶつけることだけはできたので、まあ、テクニックの不要な球技とか?

そういう原体験があるからだろう、たぶん小学校の延長であろう社会で、適当にやれそうな気がしなかった。

なので、今なんとか生きていることには、すこし誇りを持っている。

すきなことは我慢して、嫌なことをやって。

 


だが、魂は売り渡さない。

売り渡した振りは、全力でするけどね。

 


と思っていたら、最近はドブネズミスーツといわれた吊るしの背広を皆さん着なくなった。

まあ、自身の気に入った仕様で、だが極力そのことがばれない仕様のスーツを買って(作って)、

真夏でもスーツを着ている。

(意地、ですかね。たぶん人との予定外のぶつかりをさけることこそ生きる知恵だ、と思っているのでしょう。。)