夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

その日あなたは何を食べた。

池田晶子さんの本を読み出して2冊目位、大きく衝撃を受けてその後池田さんの本を”シンパシーを持って耽読する”、つまりファンとして読むようになったきっかけの文章がある。

”勝っても負けても”と題された部分ですでにその立ち位置はあきらかであるとも言えるが、JR福知山線の事故に関するマスコミの対応を契機として、マスコミというもの、ひいては人間の陥りやすい安易な心理状態である、”悪いことをしたヤツは、悪いことをしたのだから、それがばれた時点で、非難する自分を心のなかでは後ろめたく思っているとしても、それはそうしなくとも良い、という「世間」のお墨付きが出たのであるから、遠慮なく、外の安全なところから、自分を全く別のものとして、しかもこちらは正義であるという安全・安心な立場で、あたかも善き事の伝道師でもあるような気持ちで、余すところ無く、好きなだけ非難中傷してよく、そしてそのプライバシーをドシドシ暴くことも可”という立場・行動を、露悪的に、あからさまに示す存在である、ということを、ずばりと指摘している文章がある。

”メディアは野次馬の親分ですからね、”実は僕はこの文章を”メディアは出歯亀の親玉ですからね”とおっしゃったように誤って記憶していたのだが。ちょっと池田さんの鋭いが上品な言葉遣いには合わないようだ。

”自分を別にした正義の追及は、必ずや自分に帰ってくるのである。メディアの正義はいつも自分が別である。他人を批判できるほど、あなたはどれほど正しいの”

”「同僚の記者が、JR社員が当日ちゃんこ鍋を食べていたという事実を見つけて、鬼の首をとったみたいに喜んでいます。どこまで追求すればいいんでしょうか」

 ああ、それはちゃんこ鍋だったからまずかったのかもしれない。鳥鍋か湯豆腐だったらよかたのかもしれない。大勢の人が死んでいる時に、ごはんを食べるということは、たいそう不謹慎なことですからね。”

現場を取材して悩む若い女性記者からかかってきた電話に、厳しくも丁寧に池田さんは語る。憤りと、そして自身も新聞記者(新聞社という組織でなやみ、僕はこれから死んでいることに決めた、という意識を持った新聞記者)の娘であった池田さんならではの深い実感がある。

メディアにいて、こうして池田さんに電話をかける女性記者。池田さんのメディア批判を受け止め、そのなかにいる自分はどうすべきか、と考えた時点で、苦しいが正しい位置に来ているような気がする。

こんなことを朝っぱらから考えさせられたのは、一連の”のりピー”報道を見ていて、である。旦那の職業”プロサーファー”が自称であって、なんでもプロサーファー連盟(というのがあるのかな)がめっちゃ怒っているとか、そう書くことで”こんなヤツとできちゃった婚で結婚したのりピーってどうよ”という読後感を引き出しつつ、”ダメな旦那に苦労する、できちゃった婚でしょうがなかったかもしれない””気の毒な”のりピー、出てきて、とあおって、あおって、逮捕状が出た途端、"酒井法子容疑者”"逃走資金引き出す”と来た。

この変わりよう。まあいつもの、お決まりのパターンであるが、あからさま、である。そして”他人の不幸をショーとして楽しむという趣味”を刷り込まれている僕もまた、どきどきして次の報告を待つ、ということになっている。でも魂のどこかにで、なんか気持ち悪い、”自分を別にした”安直な娯楽としての"正義の追求”をしらずやっている自分、を見つけるからであろう。

JR福知山がちゃんこ鍋なら、のりピーは第一段階は、偽サーファーだ。そして真打は"酒井法子容疑者”。このあと本名が入る。あたかももう芸名では呼びませんよ、という意向が透けて見えるようだ。オウム真理教の時を思い出す。

自称、という言葉にも注目したい。これは"世間をごまかそうとずるいことしていると思いますがだまされませんよ”という意味が、言葉に染み付いている。そういうものとして読んでしまう。モノを書くとき、自分がプロと思っていればプロではないか、と僕などは思うものだが、プロとはそれから糧を得ているもののことである、という”正しい”解釈以外は”世間”では認められないようだ。

裁判員制度も始った。緊張からか、不慣れからか、のどが痛い、という裁判員に裁判官はやさしくアメを薦めたという。裁判員というお客様を裁判官がおもてなしをする、そそうのないように、という構図のように見える。不満が出ると叩かれる、と解っている面もあろう。しかし制度が出来て、その流れにのっかている当事者である裁判官を個人的に非難するのはもうフェアではないように思う。臓器移植の是非は議論しても、個人で移植を待つ一人一人を傷つけるのは本意ではない、といった池田さんを思い出す。
しかし、臓器移植、移植を待つ幼い子供、がメインで報道されて(勿論個人が非常に困り求めているのだが)ばかりで、高齢者の報道が少ないのは、子供に対してはダメと言えるわけがない、という誘導があるように感じる。僕だって、子供は生きたほうがいいと思う、裁判官は裁判員がこうして来ており、戸惑っているのだからおもてなしもしなければならぬ。


池田さんの引用の文章、最後のトコロが又面白い。おそらく幾多の”考える"文章がわかりにくいとか、直裁なものいいがどうか、ということとかで没をくらってきた池田さんの苦労が偲ばれるような、褒め殺し的な恫喝、”なんてことを書いた文章を、平気で載せてくれるから、「週刊新潮」は偉いのである”。

恫喝、と読んだが実は案外本気で感謝しているようにも思う。このころは池田さんは編集者は敵ではなく、同志である、とやっと感じるようになった頃であろうから。

でもちょっと心配で、この文章で試しているところもあるのでは。

”あなた、のせるわよね”。

行って、帰って、また行って。

編集者との関係では池田さんはナイーブなところがあり、トラウマもある、と感じるところである。


 ”勝っても負けても 41歳からの哲学” 池田晶子 
 P.165 ”その日あなたは何を食べた” より


勝っても負けても 41歳からの哲学

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