夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

メメント・モリ。


死が人間の魂を完全に破壊するなら、その場合には死んだところで本人にとってはなんでもない。そうでなければ、死ぬことによって魂は不滅となる場所へと運ばれていくのだから、その場合、死は好ましいものとなるのだ。このどちらかでしかあり得ない。死後は、「不幸でない」か幸福かのどちらかであるのに、何を恐れることがあるだろう?
自然が人間に肉体を与えるのは客人としてほんのいっときとどまるためであって、住処にするためではない

キケロ

メメント・モリ、ということばがある。

死を想え、と訳される。

 


日本語に訳すと、いかにも”訳しました”という感じになる言葉だと思う。腹落ちしていない、というのか。

 

同じ様な言葉に、”ノブリス・オブリージュ”がある。

生まれながらにして持てるものの責任、といったような意味だと理解している(ちと意訳気味)。

 

サンデル教授は、たまたま生まれついての境遇(頭脳、肉体的属性、境遇、美醜)により有利な立場にあるものは、それがあくまで”たまたま”であることを意識すべきであるし、”たまたま”不利な立場にあるものを”努力不足”ということだけで差別することが分断の大きな原因である、とおっしゃったと理解している(個人的理解)。

 

カズオ・イシグロ氏は、自分に類似の文化的属性を持った人々とだけ語りあえて交流が容易であることに意識して、そうではない人々の理解と交流こそが断絶回避の糸口になる、とおっしゃったと理解している(これも個人的な理解)。

 

 

人は生まれている状況が共通で、ひとりで生まれ、ひとりで死んでゆく。元気であれば、長生きする保証があるわけではもちろんない。死は万人に、もっと言えば変化を死と類似のものとすれば、万物は流転する、という形で変化して"死んでゆく”のだ。

そのことを考えたくない。それが人間だ。

 

そうなのだが、でも考えておいたほうがいいよ、といういわば親切なことばこそが”メメント・モリ”なのだ。

 

準備しておけ。ある程度年令がいったら今日にでも。その気持ちが必要なのだ。

そういわれて、頭ではそうなのだろうと思っても、なかなかそう思いたくはないものだ。

 

だから繰り返し、感じなければならないだろう。嫌でもなんでも。

 

そしてそういうことを考えつつ、いま一応その中にいる”生”、生き物たちの生が、すこしでも良くなっていくのは、やはり一番重要だろう。

 

だれもが、言いたいことをいう権利を、あるいは言いたくないことを言わない権利を、自由に持つこと。

 

誰もが責任を押し付けられることなく、自ら欲した内容での責任を負うこと。

個人的にはそんな世界が、まずはいいような気がしている。

 

(人はかりそめのこの世の客人、というのは、その通りですね)

恐怖、について。

恐怖、について。(今日のエントリーはちょっと気持ち悪いので、潔癖性の気がある方にはおすすめできません。ご注意下さい)

 

恐怖を恐怖と思い目をそらすと、よりその恐怖に魅入られる。

なので、恐怖があることを直視すること、そしてそこに含まれる要素を分解し、真理や真相を求めることが必要であろう、と思っている。

図書館で借りた本で、今日すこしぞっとした。

 

ある本を借りたのだが、あるページ以降で不自然にある活字の上に紙を貼って訂正してある部分があることに気付いた。

ことばは”女性”の“性”の部分。はじめはたまたま見た借り手が誤植を見つけてたまらずに”自分で訂正”したのか、と判断したが、別のページでも同じく“女性”の“性”の部分に紙が貼ってあるのを2か所確認した。

 

図書館の、時として歳経りた本には、読者がたまらず記載した横線や感想を見ることがある。不思議なもので、個人の蔵書を売りに出した古本でそういうものをみつけると、積極的に楽しくなってくるのだが、図書館の本であることを知りつつ書き込む行為は、その本を後から読む読者にあててのメッセージである、という意味で、あくまで個人の感情のみずからに対する覚えである蔵書の書き込みとは別のものであるわけで、あまり楽しい気分にはならない。

 

そしてその貼り付けにも違和感があった。最近では結構有名な出版社であっても誤植をみることがたまにあるのだが、そうはいってもほとんどない。私が見つけた本(敢えて名は秘します)を発行する出版社が3か所(これからもあるかもだが)も誤植をしたとは思えない。

 

”女性”の“性”だけに貼っているので、もしかするとある読者がその意見方針に反する表現にはらをたてて、自己の主張をその”修正貼り付け”で表現しようとしているのかもしれない。そう思ったのだ。そういうケースは、はっきりと覚えてはいないが、書いてある内容が違う、というたしか歴史的な記載について、読者個人の意見が鉛筆で書かれているのを見たケースがある。

 

だが繰り返すが、将来の図書館読者にとって、そうした知識の開陳は、自己顕示欲である、としか思えない。あまり気分はよくはない。

 

だがではその紙の下の文字は何だろうか。

興味に勝てず、一枚めくってみた。そして正直すこしぞっとした。同じ字なのだ。女性、と書かれている。間違って、いないのだ。

たまらんなあ、という感じである。底知れぬ、深淵を覗き込む感覚。

 

そしてその感覚と同時に、もう一つの”タマラン図書”のことを思いだしていた。

同じく図書館で借りた本。そうとう古く、紙の色が茶色に近い黄土色に褪せていた記憶がある。そして、内容は覚えていない。多分”書庫”に貯蔵されており、希望により貸し出す、という系の本だったような。

 

なんとなくだが、歴史小説、あるいは剣豪小説、であったような気がする。あるいは”宮本武蔵”だったかな?

 

内容が思いだせないほど強烈な印象を残したのは、導入部ですっかり魅了されて読み進めていた部分ぐらいから突如出現した、本のページの上の方にひっついている数本の”鼻毛”であった。

 

 

いや、別の所の毛であってほしい。そもそも他人(と書いて”ひと”と読んでください(笑))の”それ(敢えて再記載を避ける)”をみたくもない。

慌てて次のページに進む。また、あるではないか。

次のページも、その次のページも。読みながら、抜いたのであろう。しかし、これほどの本数!めっちゃ生えてましたね。

 

 

いやあ、書いていても気持ち悪くなってきた。私は家では“汚な好き”と言われ、綺麗ではないものへの耐性を褒められているのだが(いないか)、それでも耐性ぎりぎりの経験であった。

半分意地で、読破した。

 

 

両書に共通するものはなんだろうか、と考えてみて思いだしたのは”駅の便所の落書き”。

 

最近はめっきり見なくなった。そのことから、この日本と言う国が良くなっているということをしみじみ感じる、のだが、昔は駅の男子大の便所の壁、しゃがんで目の前という一等地には”たまらん言葉たち”が躍っていた。

 

いや、見てしまう。その辺の列車広告の比ではない。世界で一番注目される言葉たちだったかもしれない。そして内容は、最低だ。

図書館、というものが、公共のものであることを実感する部分である。公共空間である駅の便所の男子大の座ったときの目の前の壁、と、その属性は全くおんなじなのである。

そこに共通する部分。(ほぼ)決して出会うことがない、過去の匿名のきもちわるい個人の存在を、感じること。そやつが、それを伝えようとしていること。いやあ、気持ち悪い。

 

おっさんである私がこんなに気持ちわるいのであれば、綺麗好きな皆さんにとってはどれほどの地獄であろうか。

古本や古着、いわゆるユーズドが大好きな私であるが、たまに”人が使ったものは汚い”とおっしゃる方に出会うことがある。日本人に古くからある”穢れ”の感覚かもしれない。

 

汚いものどんとこい!の私の看板が、すこしくゆるぐ、出来事2件であった。

(やっぱり新品はすばらしい!!日本人にとって、”家”もそうなんですよね)

SNSディストピア。

4月28日(水)読売新聞の記事を読んだ。うろ覚えの記憶で書いているのだが、ジンバブエでは1500万人在住、1400万の携帯電話が使用されているという。記事にあった72歳?の女性は、電気も水道もないが、太陽電池で動く携帯電話を所有、家族と連絡ができると笑顔を見せた、という。

 

一方で政府によるデジタル監視は広くいきわたり、イスラエルや中国の監視システムが各国に輸出されているという。

 

無料でメッセージ交換ができるとか、無料で会員になれるとか、いつも「無料」に誘われて人が集まる。しかし、そこに自分のデータを置けば、なかなかそこからは抜け出せなくなる。人質を取られているようなものだ。「ようなものだ」と書いたがそこまで曖昧ではない。人質そのものである。(中略)明らかにこの状態は「支配」だ。僕はもう十年くらいまえから、それを感じていた。だから、できることならば、料金を支払うシステムを選ぶようにしている。広告も入らないし、要望をそう伝えることもできる。こちらの方が自然だと思える。(中略)支配がすべていけない、と言っているのではなく、支配されていることを自覚する。それが大切だ。忘れてはいけない。
森博嗣 つぼやきのテリーヌ P.72

AMAZON プライムを多用している。主に映画の視聴だ。今まで題名を聞いてはいたが、見たことがなかった映画を見ることができるようになって、大変楽しくはあるのだが、値上げ等で見ることを止めれば大きく残念だ、と思うのだろう。これが支配か。

 

携帯電話ではメールも電話も極力しない。しかしどこからかセールスらしき電話がかかってくる。SOFTBANKなのでそのセールスのようである。携帯を契約してはいるのだが、その情報を使って電話をしてくる、というのはどうかと思う。だがソフトバンクをなかなか辞められない。これも支配か。

 

個人のメールはGOOGLEとYAHOOだ。宣伝が多すぎるので、めったに見ることはない。家族とは家族ラインと各個人のラインだ。これも支配か。

 

本屋に行くことは少ない。行けば、買ってしまうからだ。何十箱も本を泣きながら売った部屋であるが、またもや本の置き場が逼迫している。これは支配か?まあ、本屋に行かずともAMAZONで買っているのは支配だろう。

 

多くの見えない支配。便利を知ってしまうと、それがなくなると不幸だと感じる。美味しいものを食べすぎると、普通の食べ物が食べられなくなる。これは味覚の支配であり、金銭経済による支配、ともいえるだろう。

 

長生き、しなければならない。健康で、あらねばならない。呪縛のように義務感に絡み取られれば、これも支配となる。意識して、イニシアチブを取らねばならない。

森氏が喝破しているように、すべての支配がいけないわけではない。というか、もうそれなしでは、どうにも過ごせないのがこの世界だ。

 

だが知らず支配されていることが多い。無意識だと持って行かれる(どこに?)

森氏がおっしゃっている”支配されていることを自覚する”。

 

これしか、対処法はないのである。

 

(支配されることは、あまり気分よくないんですけれども)

”びっくり族”に辟易する。

”びっくりした”という表現に辟易している。

 

最近の新聞投書(読後感が悪くほとんど読まないのだが、たまに目に入ってしまう)などでよく見る表現が”びっくりした”だ。

 

自分のことは棚に上げつつ、世間の常識から外れていて気付かないだめな輩を糾弾する、というニュアンスだ。自身は関係がないところで高みの見物をしながら、優雅に上品に”わたしはわたしの感想をのべています”。そんな逃げの姿が透けて見える。

だがその行為を深く非難している。めっちゃ、深く。

 

しかし、”個人的にびっくり”しているだけなのです、あなたの非難をしているわけではない”。火の粉を飛ばしてこないでください。という予防装置が組み込まれている(と使用者は信じている)。

 

そんな卑怯な語法であり、態度であると感じるのだ。

この”自分は正しくて、わかっていない奴がだめ”というニュアンスが、非常に鼻につく。この”びっくり”族が嫌いすぎて、投書欄からますます足が(というか目が)遠のいている。

逃げ腰の表現ではなく、直截に”これはだめだと思う”となぜいえないのか。

と書きつつも理由はわかっている。記名式、であるからだ。記名式である時点で、”勇気ある投書者”でもあるわけだ。

 

新聞、例えば大新聞と呼ばれる読売朝日の投書欄であれば、ご近所の年配者はほぼ目を通すであろう。そういう人たちの、支持をあつめ、耳に快い”若者や世間の思いやりや常識のなさ”を非難する場、それが新聞の投書欄である。

 

たまに年少者の意見も載っかる。だが上記の場の性格を押さえた、やはり”想定読者の耳に快い”意見が多いのだ。本当に年少者なのであろうか(調査はしているような気がするが)。

たぶん、本当に身体は年少者なのだろう。だが確実にその場所のルールを押さえている(というか押さえている投書が選ばれているのだろう)。

 

そこで出てくる感想。”予定調和”。記名式でなかったとしたら、それでもあなたは”びっくり”しますか。

匿名での発言はごみ溜めをとおりこして糞溜め(失礼)だと言われる。たしかにそうだろう。だが”匿名”ということは、”火の粉が降りかからない”と信じることが出来た装置でもある。いまは、もう、駄目だろうが。

 

欧米では匿名の発言は信用されない、という。だが議論を幼少時から技術として学び、”議論では敵対しても、議論が終れば愉快な仲間”に戻ることが出来、そしてそれができない人間は議論に参加することが出来ない社会と、議論での敵対は即敵認定である世間との差があるのであれば、やはりこの国では匿名でしかものが言えないだろうと思っている。

内田樹先生が、”僕は議論をしません”とおっしゃるのは、そういうことだろうと思っている。

 

新聞の投書欄にも一定の役割はあるのだろう。だが例えばそのような投書欄のやりかた、意見を言うだけ言って”そのような方向が望まれる”と結ぶばかりで、ではあなたがやってはいかがですか、というような社説ばかりでは、若者が新聞への購読に財布の紐を緩めることは、今後もないような気がしている。

 

(でも個人的には子供のころから新聞は大切でした。読書欄、文化欄、そして”新聞でこんなこといっちゃっていいのか”という感想を持つことができる特集記事。読みたくない文章を読まず、読みたい部分を読む、という訓練には、新聞はぴったりだとも思います)

「風の歌を聴け」読後感。

村上春樹 風の歌を聴け を読了した。

 

前にいつ読んだのかは全く記憶がない。のだが確かに読んでいる。前回は特に事前情報なく読み進めたわけだが、今回は本作に対する村上さん自身の思いを読んでから再読したことになる。

 

全く初めての作品であり、若書きであるゆえに今の村上さんにとっては恥ずかしく思われる面もあるのかもしれないが、大変に楽しく読んだ。前の時はこれがわが郷里神戸の物語であることはわからなかった。なぜならば言葉が違うからである。

 

別に文中で街を特定する部分はなかったように思う。そして物語がどこの言葉で語られるのか、で纏う空気が変わってくる。本作は共通語により書かれたことで、よりいろいろな人々に伝わりやすくなっていると思う。

 

29歳の村上さんは、神戸を18歳で離れてから10年以上経っている。東京暮らしが10年以上、ということだ。脳内での独り言が、神戸の言葉になるのか、共通語となるのか、人によってそれぞれだろう。私の場合は神戸を離れて随分経つが、会社では共通語、家では神戸弁、なので独り言のイントネーションの変化は特にはないようだ。

 

読み終わって、WIKIPEDIAを開いた。1979年の古い作品なので、いろいろな追加情報がある。何点か面白いと思ったことがあった。

 

本作は、芥川賞にノミネートされている。1981年に映画化されている。

 

そして文中で重要な役割を果たしている米国の作家、デレク・ハートフィールドが架空の人物であった、ということも興味深かった。

 

作家の森博嗣氏は、小説とは作者がなんでも自由にしていい場である、とおっしゃっている。読み進んで、どうも実際にそういう作家がいるようだ、と思わされたこの手法、

そして単行本のみに収録されている”あとがき”に”僕”がハートフィールドの墓地に行ったことが書かれていること、そしてハートフィールドが架空の作家であるのであれば、このあとがきさえも”架空の”ものであること、

そのことに重層的な感銘を受けたのだ。

 

私と同じように、この作家が実在であると読んで、図書館に本の探求を依頼する人があとを絶たず、困惑した、という図書館員のコメントも大変面白い。

 

小説とは、その中に世界を創ることである。その世界は、100%作者が自由にすることができる。作者はそこでは文字通り、”創造主”である。

 

人に読んでもらうということから、例えば正しい事実にのみ依拠する、という小説がある。一方で、この作品のように、主人公が文中で引用する小説家が重層的に創作されており、そのことが物語の独立度を上げている、というような小説もまた存在する。その純粋な”創作物である”という感覚が、深い余韻を残す。

 

WIKIPEDIAに掲載されている、芥川賞における大江健三郎の選評を引用する。

「今日のアメリカ小説をたくみに模倣した作品もあったが、それが作者をかれ独自の創造に向けて訓練する、そのような方向付けにないのが、作者自身にも読み手にも無益な試みのように感じられた」

 


これはだいぶん貶している。無益な試み、とまで言い切っている。この作風に、だいぶん激しく拒否感を示している、ということだろう。

 

当時から多分文壇の大御所で会ったであろう大江健三郎(村上氏はこの”文壇いうのがとにかく嫌で、その後アメリカで執筆されたようだ)がここまで拒否感を示しているのが興味深い。その後の村上氏の世界への広がりを見れば、大江氏の見る目がなかった、というよりは、それだけ大きな拒否感を感じさせるほどに作品に力があった、という風に見るべきかもしれない。

 

多分、ものすごく、新しかったのだ。

 

今読み返して、古い、という感じは皆無である。仮に、時代に合わせた、POPで一瞬の小説であれば、このような読後感はないだろう。だがどうやら大江氏にとっては、時代に残ってゆく小説とは感じられなかったようだ。

 

マンガを読まない、とおっしゃる村上氏だが、ガロでの佐々木マキ(こちらも神戸出身)が大好きで、著作に佐々木氏が絵を提供したことを大変喜ばれていることも、興味深かった。

 

(私も佐々木マキ氏は大好きですが、どちらかというと絵本作家で知っています。このあたりも世代差、ですね)

 

風の歌を聴け (講談社文庫)

風の歌を聴け (講談社文庫)

 

 

寝食を忘れる。

寝食を忘れる、について。

 

仕事は面白くないことをするからその労働の結果やそれにかけた時間に対価が支払われる。面白いことは、遊びであるから、対価を払うことはあっても貰うことはない。

 

いやいや、という向きもあるだろう。好きなことを仕事にしている人もいるだろう。面白い事でお金を稼いでいるひとはたくさんいるのだ、と。

 

一瞬、あるいは一定期間はそうかもしれない。だが楽しいことを仕事にしても、それが対価を得るほど高度なものであれば、いろいろな工夫や苦労が次第に重荷になることもある。純粋に特撮をしたいと(例が妙に狭いですが)例えば東映に入ったが、子供の玩具が売れるようなデザインとストーリーで、と強制されて思うように作品が作れない、とか。

 

フランスのジャック・デュミを思いだす。とにかく映画がつくりたい、自分の頭にあるサーガ、全てが時系列的にゆるやかに、時に緊密につながっている、いわば自身の脳内の世界、自身が創造神となれる世界を夢みていたはずだ。

 

だが思いの通り撮影するには、とにかく金がかかる。フランス・ヌーベルバーグは低予算作品だ、とあったが、彼の映画には多くの費用がかかる。使いたい俳優陣も希望としては豪華で金がかかる。

 

なので、シェルブールが当たったあとも、彼は資集めに奔走した。なかなか出資者が現れず、実現しなかった作品も多かったという。

 

だが作品を享受する我々というか私個人は、そうした思いの籠った作品を素晴らしい、と思う。1作だけでも素晴らしい。

 

他人事であれば、非常にあつかましくなってしまう。思いの籠った良い作品を1作作ってくれればそれでいいと思ってしまう。だが、生活者としての監督個人としては。

 

難しい問題だ。真に素晴らしい作品は、真に好きなことを仕事にした人にしか、やはり作れないのかもしれない。

 

森博嗣氏のエッセイを読んでいたら、大学に企業からドクターとなるために派遣されてきた人の話があった。会社人なので時に指導員である森先生よりも高齢であったりする。学生から先生になった森先生は、昼時になっても昼食を摂るのを忘れて研究に没頭することがしょっちゅうであり、わすれたときは食べずにすませたり、むしろたまに絶食するのも体にいい、という発想であられた、という。

 

一方で企業で仕事をこなしてきた人は、昼食はキチンと食べるのが当たり前いう発想である。私もそうだ。

 

この差を興味深く感じられた森氏だが、それを読んで非常にうらやましく感じた。仕事が寝食を忘れるほど楽しい、ということだからだ。

 

企業に入ってしまえば、その人も勿論森氏と類似の経歴で学ばれたかただろう。だが、”昼食、という仕事を強制的にSTOPできる仕組みが大切だ”という心境にあった、ということだろう。つまりは仕事は楽しくないのだ。

 

研究生活が時に寝食を忘れるほど楽しかった、とおっしゃる森さんだが、年齢が上がるにつれ研究一色ではなく、管理者としての仕事が多くなる。それを嫌って、ある時期に大学を辞され、筆一本の生活となられたのだ。

 

つまりは、大学の研究職は、夢のような時代だ、ということだろう。それが、それのみが、やっていて楽しい仕事だ、といえるのかもしれない。

 

(しかし研究だけして一生過ごせないのは、前半の仕事が楽しい分、逆につらいのかもしれません。人が大学に残りたいのは、教育をしたいのではなく、研究をしたいからなんですね。でも政府は”即戦力養成機関”とだけ大学を捉えている。このGDPがある以上、両者は永遠に敵、であるのかもしれません)

 

 

 

つぼねのカトリーヌ The cream of the notes 3 (講談社文庫)
 

 

41歳からの哲学。

池田晶子さんの大ファンだ、と何年も何年も言っているのだが、部屋があまりに汚なすぎて、池田さんの本が新しく買った積読本の下にうずもれている。

 

最近上の積読本を、別の床(!)にどけて、池田さんの本の表紙が、机から見下ろせるようにした(!!)。

 

まあ、要するに、床に本が溢れているわけである。

 

一時は”断捨離”ブームに少しだけ影響されて、段ボール箱を何十箱か、古本屋に売ったことがある。古本屋は基本的に買うところで、売ることはほぼない。名古屋の古本屋がどこにあるか、と調べて、結局は鶴舞にある古本屋にもっていった。

 

我が本たちは、マンガは別にして、雑多な出自である。ここ何年かはBOOK OFFに入り浸って、”これはいつか読まなアカンな!!”と感じる本たちを買ってきた。いつか、である。今、ではない。

 

ので、溜まるのである。時々は”これは古書で値が高いぞ!!”という下世話な気持ちで買った本もある。結局、溜まりに溜まって、どんな本を持っているかがわからなくなってきた。

 

まあ、安かった。仕方ない。引き取れませんね、と言われた本は、BOOK OFFにもっていった。まあ、一冊平均で5円位か?

 

値が付きません、と言う本を置いて来たので、割り算の母数はそれも入れている。だが、だいぶん魂が傷ついた。市場へ子牛をつれてゆく少年の気持ちがこれほどわかった時はなかった。

 

あまりに辛かったので、購入を控えるようになった(自分比)。基本もう売りたくは、ないではないか。

 

最近読んだ森博嗣氏の本に勇気付けられた。捨てる必要はない。なんでもずっと持っている、とおっしゃる。もちろんそれが置ける場所を確保されているからできることではあるが、場所はなくとも気持ちは真似られる。

 

今後は基本的に、森流でいこうと思っている。

その森氏のご本も、図書館で借りさせていただいた。申し訳、ありません。

 

41歳からの哲学。

池田さんが週刊新潮に掲載されていたエッセイを中心に編んだものだ。そして私が初めて手に取った、記念すべき池田本でもある。

 

自分とは、精神である。精神であるところの自分を信じなさい。自分を信じられなければ、他人も信じられない。自分を信じるということと、他人を信じるということは、全く同じことである。なぜなら、人間の精神は、それ自体で自他を超えているからである。

P.58 41歳からの哲学 池田晶子

この本以降、私は池田さんの本全てを購入した。絶版(池田さん自身が絶版を望まれた本だが)も、中古で1万円以上したが購入した。なぜ、そうなったのか。改めて適当に開いたこの頁を書き写してみて、その理由がわかる。

 

真実の金太郎飴。

 

これにつきる。どこを繙いても、どこをながら読みしても、そこにはすべての言葉が絶筆です、という気持ちで文章を綴られた池田さんの魂が、書かれているからである。

 

安易に、読み飛ばせない。

そして、勇気を貰える。

 

これである。上記の言葉、これは山奥の中学校に講演を頼まれ出かけた池田さんが、純真な山奥の中学生の瞳を頼もしくもすこしくたじろがれて(たぶん)、真実をつたえようと、つっかえつっかえ伝えようとされた内容だ。

 

真実を伝えるときには、言葉が選ばれなければならない。その選択は、数多の言葉から、最適の言葉を探そうとされる池田さんの生徒への責任感から、よどみなく、すらすらと、はありえない。適当、はないのである。

 

この項は、平成16年1月22日号の週刊新潮掲載だ。ゴシップと醜聞(おんなじか)にまみれた週刊誌が、池田さんの記事があると思うだけで、スーパーの棚で光ってみえていた。

 

その頃の、中学生の皆さんは、いまどうしているだろうか。あの時、授業で、池田晶子さんがつっかえながら伝えようとした真実が、皆さんの魂のどこかに、かすかに光っているに違いない、と

 

確信している。

 

(週刊誌でこの真実。週刊誌を作っている皆さんを、すこしく尊敬しました)

 

41歳からの哲学

41歳からの哲学

  • 作者:池田 晶子
  • 発売日: 2004/07/17
  • メディア: 単行本