夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

トレーニングとエゴの関係。

ビタミン12を飲んでいる。

寝違えで整形外科に行ってもらった薬である。末端神経を修復を行うらしいが、いわゆるビタミンなので効くのには時間がかかりそうだ。

痛み止めももらったが、眠気が起きるし、胃も荒れるということで、飲んでいない。

不思議なもので、痛みがあるうちは痛みがある事に加えて、「なにか体に不調があり、原因が不明で対策ができていない」という感覚があり、実はこれが一番やっかいなものであった、と気づいた。

いわゆる心配事、四六時中心にひっかかるもの、心の「住宅ローン」のようなものである。いわゆる「エゴ」に近いものだ。

医者、という仕組みが素晴らしいのは、そこにいけば原因が示され、対策が提案される、ということだ。その対策を受け、薬を飲む、ということで解決に向けて心を変化させることができる。

自分の心を観察してわかるのは、これによって文字通り、心が軽く、前向きになることだ。実はなんとなくやる気が起きない、という気持ちだったのだが、これはいわゆる「心配ごと」があることも一因だったようだ。

からだもだるく、トレーニングもいまいちやる気が出なかったのだが、「ごちゃごちゃ考えていずに、鍛えたい部位を明確化してとことん攻め込め」という気分が戻ってきた。具体的には腹筋の再追い込みと、上腕を中心としたホームトレーニングだ。

ジムにいかないと、場所や器具がないと鍛えられない、というネガティブ気分に知らずなっていた。そんなことはないのだ。プリズナートレーニング、自宅で器具が少なくとも、自重と工夫でいくらでも鍛えることができる。むしろ工夫を考えて効果があると嬉しい、というステップもある。更にわざわざジム等に行かなくても大丈夫なのだ、というポジティブな気分も得られる。

レーニング手袋も新しく注文した。ハービンガーの今のものより一ランク上げたものを注文した。手のひらの皮の部分が剥離して、重量を持つとほぼ手のひらで受けている感じになってきたからだ。ベアハンドでトレーニングしている方が意外に多いと感じるが、私の場合は手袋がないと手のマメが出来るのだ。

冬から夏になると、トレーニングではことさら熱が体にこもり、重量にトライする気力が起きにくい。これを私は自身の「やる気のなさ」と考えていたが、身体を冷やすと集中力が高まる、という研究結果を読み、これは別に自身の怠惰、なまけ心の所為ではなく、気温の所為なのだ、ということを理解した。

そうした心の整理をすること、それ自体が自分に皮相的なレベルではあるものの向き合うことになり、このことがトレーニングをやる際のメリットであると言えるだろう。心の弱まりに対処し、それを様々な仮説で対応昇華し、それが身体や筋肉のパフォーマンスやレベルアップにダイレクトにつながる。

このステップが楽しいのだ。

自身の限界に挑戦し続けることが、大げさなようだが、日々できるわけだ。

コンテストに出たりすると、他人との比較に陥るが、過去の自分との比較であれば、それは扱いには気を付けなくてはならないが(他人との比較と同じような比較心になる場合もある=若いころはよかった、というような)うまく対応すれば無限進歩に繋がる。

これはいわゆる食育や食を通しての健康追及にもつながるだろう。そしてその結果得られた前向きな気持ちを成果として、クリエイティブな面につなげるのである。

この過程に意識してゆくことで、肉体の深化とパフォーマンスアップ、精神力のアップが継続的に図れるのだ。

人との比較は地獄である。過去の自分との比較をうまく意識して、過ごしてゆきたい。

(他人との比較は所詮は地獄、他人の不幸は蜜の味、などといいますが、どこかで人を見下している自分、ということは意識されており、魂がスポイルされている、と思います。桑原桑原(笑))