夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

自分、とは。

自分、という言葉は、そもそも中国にてこの葉ができたときは、

”自然”の”分身”の意味であったという。

いま、”自分探し”ということばで、今の自分は自分ではない、どこかにもっと違う本当の自分がいるのだ、という意味を示して、結果として今この瞬間を大切にせず、逃げている、そんな心境を池田晶子さんは嫌いだ、と述べていたことを思い出すが、

そもそもこの言葉の成立からして自らは自然の一部であり、一時だけ永遠にして過去と未来をつなぐ今を体現するものである、という思想、哲学から生まれたものであったのだなと思う。

言葉の成立に哲学が含まれ、多くの人が其れはそうだ、と思ったから語として成立した。

この”自分”ということば一つでも、そのようなことが伝わり、感じられる。