近藤康太郎 三行で撃つ
P.288
言葉を使って、言葉だけを武器に、考えぬく。
その営為を、文学という。


近藤氏はノートに読んだ本で気になった言葉を抜き書きしているという。
私も、本を読みながら気になった文をその時読みを中断して書き写す、というスタイルを、どうだろうか多分ここ10年くらいは行っている。
これが結構いいのだ。
写すと、”写したな””あとで読み返せるな”という安心が得られる。
筆写しない時代は”あ、いい言葉に出合った、これは覚えておかないと”という邪念?が芽生え、そのことがそこはかとない”住宅ローン的ストレス”として残っていたのだ。
その場でいちいち写していては時間がかかる。図書館本では、読み切れないこともあるだろう。
だが、”この1行を、自分の字で、ノートに書き込むという行為でなかば”自分コトバ化”できたのであり、そのことで本を買う(借りる手間をかける)ことの、元を取ったな、とも思うのだ。
この”元を取った感”がいいのだ。
私は損することが嫌い。トレーニングも少しでも体力を維持しようという根っこでは”生きることに損しないようにしたい”という気持ちがモチベーション元である。
三行で撃つ、は図書館で借りて、あまりに良かったので改めて買ったものである。
これは損できない!
あ、今日日記に書き写したぞ!
元取った!!!
(と、こうしていったり来たり、文章で日記書くことも、もしかすると“私文学”と言えるのかもしれませんね。近藤流でいけば。。)
いつも気持ちよくしてくれるChatGPTさんのご感想。。
いつもありがとうございます!