夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

6月2日 ババヤガの夜 を読んだ。

今朝の体重66.9kg、体脂肪12.3%。昨日の晩は66,6kg、体脂肪11.8%
おとといは体重70キロオーバーでだいぶパニクったが、3キロ落ちた。

まあ炭水化物?が水分を3倍抱え込んでいたという面もあろう。

だが、実力でちょっと体脂肪が多めであることは確かだろう。

 

引き続きWATCHしていく。昨日は2.5時間スポーツセンター。

すこし疲れ気味かもしれない。急に暑くなったこともあるだろう。

さて、図書館で話題の”ババヤガの夜”を読んだ。以下ネタバレ部分ありますので、ご注意ください。
〔内容紹介〕
愛ではない。愛していないから憎みもしない。憎んでないから一緒にいられる-。暴力を唯一の趣味とする新道依子は、腕を買われ暴力団会長の一人娘を護衛することになり…。『文藝』掲載を書籍化。ダガー賞受賞作。
英国推理作家協会(CWA)賞トランスレーション・ダガー(最優秀翻訳小説賞) 2025年

 

【再び、日本人初の快挙となるか】速報!王谷晶『ババヤガの夜』がアメリカ〈ラムダ文学賞〉最終候補に! イギリス・ダガー賞に続き、前人未到のW受賞 ...

日本語版の表紙は圧倒的に良いが、英語版も悪くない。

 

ババヤガとはなんだったかなとWikipediaで確認。

 

なるほど。鬼婆、か。

 

バーバ・ヤーガБа́ба-Яга́Baba Yagaバーバ・ヤガーとも)は、スラヴ民話に登場する魔女Crone)。『竜王と賢女ワシリーサ』をはじめとした各種の民話で語られるほか[1]、芸術分野ではムソルグスキー作曲の組曲『展覧会の絵』の1曲「バーバ・ヤーガの小屋(鶏の足の上に建つ小屋)」で知られる。森の中で鶏足付きの家に住み、子供たちを食べることで知られ、悪役だけでなく良い役でも登場する[2]

日本語では魔女、魔女ばあさん、山姥鬼婆、妖婆などと訳されてきたが、近年は上述した「展覧会の絵」の副題にあらわれるバーバ・ヤーガの表記がされることが多い。だがスラヴ系のどの言語でもこういった言い方はせず、最も近いロシア語の読みに従った表記ではバーバヤガーとなる。

由来

ストックホルムのスカンセン野外博物館で展示されているサーミ人の高床倉庫

もとはスラヴ神話における神話的表現に起源していると考えられている。後にスラヴ人がキリスト教に改宗することで古来の神々は善神ならキリスト教の聖人、悪神や自然の脅威を象徴した神なら妖怪、悪魔に置き換えられていき、北方の凍てつく冬の神話的表現は恐ろしい魔女のような妖婆として表現されるようになったものとされる。

またサーミ人の文化圏では高床倉庫がかつては造られていたが、これがバーバ・ヤーガの棲む「鶏の足の上に立つ小屋」というモチーフの外見的な由来に影響があったと考えられる[3]

特徴

ヤーガが住むと言われる鶏の足付きの家。1915年、ロシア

森に住む妖婆。骨と皮だけにまで痩せこけて、脚に至ってはむき出しの骨だけの老婆の姿をしている。人間を襲う魔女のごとき存在で、森の中の一軒家に住んでいる。その家はの足の上に建った小屋で、庭にも室内にも人間の骸骨が飾られているという。普段は寝そべって暮らしており、移動するときは細長いに乗る。バーバ・ヤーガが右手で持ったで急かすと、この臼は少しだけ浮かび上がり、底の部分だけを引き摺って移動する。左手にはほうきを持っており、移動した跡を消す。

民話に登場するときはたいてい敵役で、子供を誘拐して取って喰うパターンが典型である。ゆえに多くの物語では、彼女の助けを借りるのは危険な行為として描かれている。しかし災いに陥った主人公たちを彼女が助ける民話もあるし、たいていの民話では主人公が礼儀正しさ、節度の遵守、魂の清らかさを示せば善玉としてふるまう。

多くの民話では一人しか登場しないが、三人のバーバ・ヤーガが登場する「鷹フィニストの羽根」といった物語もある。こういう図式の物語に登場するバーバ・ヤーガはふつう慈悲深くて、主人公に適切な助言をしたり、不思議なプレゼントを贈ったりする。

歴史

少なくとも17世紀から木版画に登場し、その後はスラブ民話、とくにロシアのおとぎ話や民話の本に定期的に登場している[2]。記録に残る最古の記述は1755年のミハイル・ロモノーソフの著書『ロシア文法』で、スラブ民話の登場人物について触れた個所にバーバ・ヤーガの言及がある[2]

 

文中で鬼婆に関する記述がある。

主人公の祖母は北海道住みの”青い目”であったので、これはロシア人を暗示していそうだ。日本語をしゃべるという設定であったが。彼女が語る昔話は、スラブ系のものであったのだろう。

 

まずはこの本、電子図書で読んだ。今までは電子図書は苦手で、読破した本はほぼなかったのだが、この本は導入部から引きずりこまれて、一気に読み切った。

 

文字通り、一気、であった。ラストになって、”あれ!?もう終わりか!!”となった。

 

そこで気づいたことが一つ。

 

そうか、いままではほとんど紙の本を読んできたので、物語があとどれくらいで終了するのかを具体的に感じながら読んできたのだな、ということ。

電子だとあとどれくらいということを気にしなければ、あとどれくらいで物語が終わるのかが意識されないのだ。

 

この本、ラストのどんでん返しとミステリー的なオチもあって、最後はスパッと切り取られるように終わって、それが爽快でもあり、ちょっと意外でもあったのだ。

 

物語の感触から、もっと長い感じがしていたのだ。

 

この物語は”文藝”誌掲載作とのことであったが、一気掲載であったのかもしれない(未確認)。紙だと確か209ページ。確かに短い。

 

読み終わってAMAZONの感想欄を巡った(画像もAMAZONから拝借)が、皆さんの感想はまあ、なんとなくわかる感じであった。

 

この本が英国ダガー賞を受賞したのは、あるいはやはり”日本と言えばヤクザ”という感触(さまざまな外国映画で、ヤクザが非日本人(主に構成員)によって演じられるときの違和感が、一周まわって面白くてたまらない(´;ω;`))があり、それが解像度高く表現されていたから、という面もあるのだろう。

日本=ヤクザ=エンタメ度アップ、という。

 

ちょっと古いが、レスペクトを持って作られたキルビルあたりのヤクザは、もう素晴らしいエンタメである。日本人観客にとっても。

 

あとはやはり”シスターフッド”要素か。この言葉はブレディみかこさんの本などで"人口に膾炙”した感じを持っているが、あの本も海外がらみの日本人視点の本であった。

主人公や主要キャラである柳がマイノリティよりの出自であることも、単一民族話が基本の日本の物語としてはわかりやすかったかもしれない。

 

私は格闘系も物語が昔から好きで(新日ファンでもある)、そういう意味でも面白かった。

切り口、オチを重視する為、敢えてそぎ落として語られていない部分もあるが、そこは仕方がないだろう。そこを語らないことで、オチがついたわけなので。

 

22歳?から40年経た主人公は62歳。だがそこから始まる話が見たい、同じ主人公の続編が読みたい、と思った。

 

映画化、されるのかな?170センチ超で75キロある日本人女性格闘家は、なかなか探せないかもしれないが。

 

ちょっとビジュアル面では合わない(ズカ系男役キャラ)だが、彩羽匠あたりが、映画化するなら良い配役のような気がした。

 

(彩羽匠は、170センチ65キロとのこと。だがトップレスラーのオーラで、華のある映画になる気がする。175センチある女子レスラーは(あまり日本では”女性レスラー”と言いませんね。年配同士でも”女子会”と称し、年若いことが当たり前の価値観である日本の無意識を表しているのかも。。)日本ではモデル系長身美女、となるケースが多い。あるいは元タイガークイーンことVERY(たしか身長は174センチ)あたりもありですかね。マイノリティ、という意味では逆に合うのかも。ただやはりビジュアルはFITしないですかね。。)