最近は飲み会があまりないのだが、久しぶりの飲み会で心配なのでヘパリーゼを飲んで臨んだ。
結構飲んだ気がするが、早めに終わって普通に夕食を摂ったこともよかったのか、睡眠を取れたこともよかったのか、今朝はあまり残っていないのがありがたい。


まえはウコンのパウダーを買って飲んでいたが、2回ほど飲んだが翌日結構しんどかったので、価格はだいぶ違うが(ウコンは3袋?100円ちょっと、ヘパリーゼは1回181円(税込み)かかる)その分やはり効果の6倍とはいかないが、着実にあるようだ。
前は飲み会がありすぎて、ボトルで買っていたが、最近は緊縮財政と飲み会減少で買っていなかった。場所によってはJREポイントで買えるので、今度機会があったらすこし買いだめしておこうか、とも思っている。
とりあえずもう1回分はあるので、お守りとして財布に入れておいた。
あと尾籠な話ながら、飲んだ後はすこし便秘が解消する。これは酒で消化不良になっているのかもだが、勢いがついて出てくるのではないか、という仮説をもっている。
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人間は、歳月を重ねたから老いるのではなく、理想を失う時、老いるのである。
サミュエル・ウールマン(米)
一切の言説(ごんせつ)は 仮名(けみょう)にして実なく、
ただ妄念に随えるのみ
大乗起信論 解釈分、三ノ一
P.20 井筒俊彦 「意識と本質」
言語と妄念とがぴったり表裏一体をなすのが、世俗的経験界である、という解釈だろうか。
理想を理想として”もたねばー!!”と思いすぎると、”持たねば”が大きくなって義務感がストレスとなる気がするが、自然と理想がある状態は、つまりは”生きがい”が出来、それに向かって自分が”自由に伸びていく”という感覚も得られるだろう。
そして理想は、生きる意味、につながる。生きる意味=生きがい、となるだろう。
今私は、版画で理想の1枚を作りたい、という気持ちがある。こういう目標があると、確かに気持ちはあがる。
井筒さんが引用する、大乗起信論。これは世界や存在を考える際、とても重要な気づきを与えてくれそうな本である。
言葉が世界を作る、というのがその世界観であろうが、言葉で作られる世界は”妄念”につながる、あるいはつながりやすい。これは基本世界をよいものではない(神をしらぬ偽神であるヤルダバオートが作ったもの)と見るグノーシス思想とも類似している気がする。
つまりは、”存在は微妙”、”有は無、有にとらわれすぎない”という思想体系ではないだろうか。
理想を持って生きる”今生”ではあるが,その生きる先である世界は”妄念=偽の神の悪意はないが無知からの悪”に在るものである。
そんな世界観であろうか。
(このような若干“ひねくれ気味”な考え方に、最近妙に惹かれます)