夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

エゴの効用。

今日の体重62.9kg、体脂肪率7.9%。63キロを目標体重としているのだが、まあ誤差範囲か。先週は飲み会が多くトレーニングができず。まあそんな週もあるだろう。


その代わりであるが、先週は結構歩いた。火曜は19000歩、水11000歩、木曜日15000歩。一日一万歩を目標としているが、超えると達成感がある。天気がよかった事もあるだろう。


新しい道を歩くことが結構楽しい。だが19000歩のときは最後はバテ気味であった。昼食を抜いているので、今度はコンビニでバナナを買うことにしたい。朝買い置きのバナナと卵が切れている。昨日は昼食にコンビニでバナナとゆで卵を買った。合計約200円。


これを高い、スーパーで買っておけ、とエゴが言う。この気持ちをどう処理するのか。これである。エゴを見据える。見据えないと、脳内メモリーを喰う。ごく数ミクロンであろうとも、住宅ローンのように残り続ける。


健康であることと、200円を比較する。さらに昨日考えたのは、卵をそのまま冷凍すること、バナナもむいて冷凍しておくことだ。健康貯金。現在はキャベツで実行している。貯金があれば、その事を気に病まなくていいのだ。


勝間さんが冷凍野菜を健康貯金に例えられていたが、この例えが秀逸だ。やってみて、安心する。住宅ローンの反対だ。


さらに、「買うべきものを買っていなくて不健康になる自分」というエゴの決めつけから自由になる。エゴをことさら嫌う事はない。変化の契機を教えてくれるのだから。


エゴが起きる理由を自己俯瞰で考えるのだ。ゲドはそれができた時、暗黒の自分=エゴと親和した。


金がない、という不協和音のような脳内の呟きが、現在1番の大敵であるエゴマターだ。やりたいことを気にせずやれる状態を目指す(3000円位なら気にせずトライできる状態と勝間さんはおっしゃっているが)。今は会社の会食が多く、それが日々の食費を蝕んでいる。そのことがストレスとなっているのだが、さあこのストレスとどう向き合い、手段を考慮するのか。簡単なタスクではないだろうが、何か良い手段はあるだろう。


生きるために食べる。食べる、とは稼ぐことだ。だが食べるために生きてはいけない。敬愛する池田晶子さんがソクラテスに言わせた言葉だ。つまりは稼ぐために生きてはいけない。稼ぐが目的となりがちなのだ。稼いだら、安心して、終わり。それではいけない、というのが池田さんの教えである、と認識している。


存在するため、この世になぜか生きているこの不可思議と対峙する心構えのようなものを、折に触れ、全ての言葉を最後の言葉であるとの覚悟を持って、池田さんは下さった。自らの口は、真実のみを告げる。その事を自らを巫女に擬えておっしゃった。


その事を、肝に銘じたい、と思っている。

(タイトル通り、版画プレス機を待っています。今日の午前中に届く予定です)