夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

河合隼雄→村上春樹→内田樹→レヴィナス→ユング→フロイト→シュタイナー→高橋巌→吉永進一 と、図書館で本を借りることについて。

て久しぶりの出社である(これを書いているのは5月9日(月))。

いわゆる「サザエさん心境」ではあるものの、例えば学生時代やもそっと若いころよりはましなような気がする。心臓にすこしだけ毛が生えたかな。。

ありがたいことに10日間の休みであった。運動はあまりできなかったので、体重が心配だったが、今朝の朝食前の体重は65.7kgながら体脂肪率は5%というボーナストラック。たまにこのTANITA2号(2機あります)はサービスデイがあるようだ。何度も測るとボロがでそうなので、一回計量で終了した

さて、「芋ずる式読書」をいつも行っている。

タイトルにて現在借りている(購入した)本の作者を羅列してみたのだが、別に順番は入り乱れてはいる。だがなんだかうすぼんやりとつながっているような気もしている。

今週は主に村上春樹の「村上さんのところ」を読んでいる。

この本は期間限定で村上さんに直接相談ができるサイトがあり、そのうちの約1/10、3700通に村上さんが答えをされたものである。

なんというか、当意即妙で洒脱であるのだが、そのお答えには細心の注意を払われているという。たしかに、そう見える。

いろいろ心にのこるやり取りがあるのだが、そのうちで「作者に図書館で借りて読んでいます」というとその作者が不快感を示した、という事案の相談があった。

村上さんの答えは、とにかくどんな媒体でも読んでもらえば嬉しいし、読んでもらって例えば図書館で借りたなら、気に入って実際に購入してもらえると尚嬉しい、といったようなことを回答されていた。

生活者としての作家や漫画家が、自分の本は図書館で借りたり、古本屋で買ったりして読まれると、自身にその対価が払われない、ということを表明されることがあり、私などはそうか、確かに印税の仕組みは(自分は印税とは関係がない人生にいるので)なるほど印刷されて新刊として発行されて初めて発生するのか、というようなことを考えたりした。ぼんやり物で申し訳ありません。。

制作者が対価を要求するのは至極当然であり、そのことに文句は全くないのだが、例えば子供や学生は印税の仕組みをしらず、身近にその作品に接した初めての場が図書館や古本屋(含む新古書書店=BOOKOFFなど)であり、そこで初めてその作者の作品を認識して感動した、ということがあるだろう。

そういう「プリミティブ」な感想を作者に述べた際、「対価を払っていないオマエはワタシの読者ではない」と聞こえる可能性のある言葉を受けることは、繰り返すが作者のいうことは尤もであり文句はないのだが、ちょっと言われた人はつらいかな、ということも思ったりする。

それだけ渾身の、乾坤一擲の、作品なんだな、と納得はしつつであるが。

多分前後の経緯をみると、イライラがあるのだろう。漫画家であれば、はっきり言って漫画家であり続けることは難しいこともあり、1作に人生力のすべてをかける、という気合も感じられるところだ。

だが、

だがやはり、

ここは村上さんの如く、まずは「接してもらって嬉しい」ということを(いや皆さん言っているのかもしれず、「切り取り」でそう聞こえているのかもしれないが)まずはうすらなまあたたかくでもいいのだが、枕詞にして「プリミティブなファン」に差し出していただければな、と思ったりもする。

(絶版本も、ありますしね。。。)