アマゾンにピダハンという部族がいる。
1951年生まれのダニエル・L・エヴェレットは1977年、26歳で初めて夏期言語教会(SIL)により聖書をピダハン語に翻訳するために派遣された。彼はその後2006年まで30年に亘りピダハン族の村に断続的に家族ともども滞在し、2008年に「Don't sleep,there are snakes」(邦題ピダハン)としてその経験をまとめている。2012年に邦訳が発行されたこの本を読んだ。
彼の父親はカウボーイであり、継母は自殺したという。10代で宣教師の娘ケレンと結婚、1977年当時で2人の娘シャノン(7歳)とクリス(4歳)、息子ケイルブ(1歳)がいた。173センチ、70キロ。アメリカ人としては多分小柄で、そのことに少しコンプレックスがあるようだ。
父の職業、継母の自殺が影響したのだろうか、あるいは義父母の影響もあるのだろうか、1975年にムーディー聖書学院を主席で卒業後、その言語がよく知られていないこのピダハンの地へ聖書の翻訳の為その言語の研究を目的に派遣されたのである。
本書の冒頭で彼はクリフォード・ギアツ(1926-2006)の言葉を引用している。
もしかしたら民族の文化的特質のなかにー彼らの風変りなところにこそー人間とはなにかを最もよく教えてくれる発見が見いだせるのかもしれない。
SILという組織は、直接の布教ではなく、その種族の言語に聖書を翻訳することで聖書の教えを広めようとする組織であるという。であるが故にダニエルはピダハンの言葉を、聖書が正しく翻訳されるまで深く、正しく学ぶ必要があった。正しい、というのは実は大変だ。同じように見える言葉の一つ一つに、その文化の成り立ち、いわば哲学が籠っている。それを理解しないと、血の通った翻訳とはならない。血の通わない宗教書に、感化される民族はいないだろう。
ダニエルは従来全く体系的に採集検討されたことのないピダハンの言語に取り組むうち、様々な驚きをこの言語に感じる。
この言語には、数の概念がない。色を表す単語もない。右も左もない。「すべて」や「ほとんど」といった比較級を表すことばもないのだ。
このことでふつうは、この部族の生活が、原始的すぎてそうした言葉を理解できないのか、と考えるだろう。通常の人類ではないのか、とさえ感じるかもしれない。
この村には首長もいない。儀式もほとんどない。ダニエル自身、貌をペイントし、羽飾りをつけて踊るような儀式を持った”派手な”部族を研究したほうがいいのでは、と本心では思ったこともあったという。
だがピダハンと長い時間を家族と共に過ごす中で、ダニエルは通常のいわゆる西欧文化(これが日本の文化とイコールであるとは言えないだろう(特に宗教観)が、ピダハンの文化と比べるとほぼイコールともいえるだろう)を生み、支えるものと、ピダハンの生きる、というものに対する姿勢(哲学、といってもいいだろう)の違いを感じ出す。当然であろう、彼は言語を採集するため、ピダハンの人々と日々濃密に接触し、語りあっているのだから。
そして理解する。
ピダハンの言語と文化は、直接的な体験ではないことを話してはならないという文化の制約を受けているのだ。
叙述的ピダハン言語の発話には、発話の時点に直結し、発話者自身、ないし発話者と同時期に生存していた第三者によって直に体験された事柄に関する断言のみが含まれる。
ピダハン 「言語本能」を超える文化と世界観 尾代道子訳 P.187 みすず書房
こうした観点で生を見ているピダハンにとって、話者が直接見ていない神話を、そもそもこの言語に載せることはできないし、表面的以外で納得させることは、できないのだ。
過去はない。未来もない。今だけ。
この思想は、例えば「今」を永遠であり無限である、とする禅や鈴木大拙の思想ともどこか通じるように思う。
ピダハンには罪の観念はないし、人類やまして自分たちを「矯正」しなければならないという必要性も持ち合わせていない。おおよそ物事はあるがままに受け入れられる。死への恐怖もない。彼らが信じるのは自分自身だ。
同書 P.375
ダニエルは次第にこのピダハンの生き方に接することで、自身の信仰に疑問を抱くようになる。1985年には棄教するが、それを家族に伝えることは深く、長く悩んだようだ。
結局棄教後20年以上悩み、家族にカミングアウトする。それは異性愛者であると信じていた家族が、同性愛者であると告白するのと同じようであった、と筆者はいう。そして恐れていた最悪の結果となる。2005年に離婚、3人の子供の内2名とはその時には音信不通となったという。英語版WIKIPEDIAによると、2008年には子供たちとの関係は復活、父親の信仰への態度も理解してくれてているとのことだ。
やはり宣教師の娘であるケレンには受け入れることができなかったのだろう。離婚後ケレンは2007年よりピダハンに布教を続けているという。
同書は2008年の原著刊行時、現在の妻であるリンダ・アン・エヴェレットに捧げられている。家族との離別については深くは記述されない。だがこの献辞を読むと、私にはなにか感じるとことがある。献辞の最後にはこうある。”ロマンスはいいものだ”
悩み、信仰を見つめなおし、棄教しそしてピダハンの人生観を受け入れる。
わたしはピダハンが心配だと言うのを聞いたことがない。というより、わたしの知るかぎり、ピダハンには「心配する」に対応する語彙がない。(P.384)
わたしも過去三〇年余りで、アマゾンに居住する二〇以上の集団を調査したが、これほど幸せそうな様子を示していたのはピダハンだけだった。ほかはすべて、とは言わないが、多くの集団はむっつりして引きこもりがちで、自分たちの文化の自律性を守りたいのと同時に、外の世界の便利な商品を手に入れたいという欲望に引き裂かれていた。ピダハンにはそういう葛藤はない。(P.385)
ピダハンを通して、私自身、そしてピダハン以外の人々の生活を根本から変えてゆくヒントがあると、感じた。
(これからのグローバル世界が、基本的にはこのピダハンの世界観を参考にしたものとなるような予感がします)