夢見るように、考えたい

池田晶子さんの喝、”悩むな!考えろ!”を銘としております。

そのときあなたはなにを食べた2。

とはいえ、「愛犬が箱根で狛犬をしておりますもので」とは、やっぱり大きな声では言えないなあ。この諧謔は、人生と宇宙の絶対不可解に、一度完全に打ちのめされた経験のある人にしか、通じない。信じるか信じないかという話ほど、物事をつまらなくするものはないのである。


いずれにせよ、人間が、人間にできる仕方で見ている夢である。夢でなければ物語である。ただ私には、このような物語が、とても心地いいというだけである。

池田晶子 勝っても負けても 41歳からの哲学 P.117 
 平成16年10月21日号)

引用にあたり、文の順序が入れ替わっています。

愛犬を思い、一文をしたためる池田さんには大変共感する。そも池田さんへの共感がいや増したのは、”ラッシ−犬”が飼いたかったとおっしゃり、実現した方である、ということも又、大きかった。

何度かこの場で書いたように思うが、僕も”名犬ラッシー”の大ファンを自任していた。あの、ノーブルな鼻先にやられていた。なんとも素晴らしい。

だから池田さんが気づかなかったといわれた、撮影のため犬が何匹かいる、ということはうすうす感じていた。これは実は知りたくなかったなあ、という風に思っていた。

数日前、子猫を亡くした。上手く、この事実を消化できていないと感じている。何を書いても、言い訳になるような気がして、ここにはなにも書けなかったが、来て1ヶ月であったが、死んだときは呆然とした。もう少し経てば、整理できるかもしれないが。

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最近思うのは、マスコミコンサルタントの存在は大きいなあ、ということだ。醜聞があったときの、対マスコミのコメントにその影を感じるのだ。どう発表される。こういいましょう。うまい。

原カントクしかり、橋下氏しかり。両者とも有名になったため、過去の醜聞がほじくりだされる。その時のコメント、マスコミへの説明のしかたに、コンサルタントのインストラクションの影を感じるのだ。

もしかしたら、自身で考えられているのかもしれない。だがたぶん違うと踏んでいる。まずは奥さんへの謝罪の言葉を入れてください。世の女性陣への対策です。まずここ。